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西海岸〜欧州〜東海岸と迷走したヴィレッジ・ピープル

1970年代末のディスコブームに乗り,「Y.M.C.A.」や「In the Navy」など世界的に大ヒットを飛ばしたVillage People(ヴィレッジ・ピープル)。ディスコブームが終焉を迎えたあと,てっきり自然解散をしていたものと筆者は思っていたが,ニューウェイブ/ニューロマンティック路線に転向,1981年にアルバム『Renaissance』をリリースしていた。

ホモのイメージを前面に押し出し,メンバの扮装もマッチョなコスプレだったディスコ時代と打って変わって,イギリスに河岸を変えてカルチャークラブあたりゲイカルチャーを意識した白塗りにつけぼくろとがらりとイメージチェンジを図る(上記リンク先画像参照)。とはいえ,胸毛をさらけだしたり,髭ぼうぼうだったりと“ヴィレッジ臭さ”が抜け切れていないところがご愛敬。

当時,シングルカットされた「Do You Wanna Spend the Night」の日本版にある解説をみてみよう。

「常に時代の最先端にあって,流行を作り続けてきた男達が,今俺達に新たな提案を掲げた… それは,男のルネッサンス。男は男であり続け,しかも限りなく美しくあれ。ヴィレッジ・ピープルはクリスタルな女たちよりも,もっと先へ行ってしまった。アメリカン・ポップをリードしながら,どこかしらユーロピアン・フレーバーを漂わす音作り。(中略)ヴィレッジ・ピープルからの提案,君はどうする?」

「どうする?」と訊かれても,いやあれを美しいというにはかなり無理がありますよ,提案と言われましてもねえ——としか答えようがないが,このとってつけた感じの解説から,マッチョ+ディスコから一転ニューロマ風味のニューウェーブへと急激なイメージチェンジを図ったヴィレッジ・ピープルに対するレコード会社(と周囲)の苦慮ぶりがうかがえる。セールス面でも振るわず,ずっと50位以上をキープしてきたビルボードチャートも最高138位にとどまる結果となった。

1982年発売の次のアルバム『Fox on the Box』(アメリカでは『In the Street』としてリリース)では「Play Bach」でヒップホップを導入するなどストリート系の要素をプラスしつつ再びマッチョ+ディスコの西海岸路線に軌道修正。ヒットの夢よ再び,とばかりにメインボーカルもディスコ時代のVictor Willisが復帰。ところがこれも時代との乖離が原因なのかセールス面ではさらに苦戦,チャートにランクインすらしなくなった。

西海岸,欧州路線でだめなら次は東海岸だ,とばかりに「NewYork city」を収録したラストアルバム『Sex over the phone』を1985年にリリースする。今まで“地方の州警察”といった趣だったコップ(警官)の衣装も“ニューヨーク市警察”っぽい衣装にチェンジするなど都会派の雰囲気を演出。トラックもホール&オーツを意識したかのようなシティポップやハイエナジーっぽいサウンドにシフトするが,ここでもやっぱりサビのコーラスでは相変わらずのヴィレッジ節がほほえましい。

アメリカでは目立ったヒットこそなかったものの,イギリスではチャートインし,ドイツではテレビ出演も果たすなど欧州を中心に一定の盛り上がりはあったようだ。「海軍やYMCAでサカってると流行りのエイズになるからテレフォンセックスでセーフティ!」ということなんだろうか,テレフォンセックスを題材に取ったアルバム表題曲「Sex over the phone」(邦題「恋のバッキンテレフォン」)のPVはテレクラやインターネット時代の出会い系を予言したかのよう。

このようにディスコブームが去ってからのヴィレッジ・ピープルの迷走ぶりは目を覆うばかりだが,中には面白い曲もあり,プロデューサーのジャック・モラリはその時々のトレンドを注入しようとしたのだろう。『Renaissance』でのヴィレッジ・ピープルの紫色のロゴはプリンスの『Purple Rain』のジャケットに受け継がれ,テレフォンセックスを題材に取ったアルバム表題曲「Sex over the phone」(邦題「恋のバッキンテレフォン」)に挿入される電話のプッシュトーンはKraftwerkの「Der Telefon-Anruf」が収録された『Electric Café』のリリースより1年早い。後世から見ると迷走期のヴィレッジ・ピープルは時代を先取りしていたようにも思えるが,最盛期のイメージがあまりに強すぎて,最後まで色物扱いだったのが気の毒だった。

[10-2016]琉球(那覇・やんばる)

内地では秋の気候なのに那覇空港に到着すると蒸し暑い。西町エリアに宿泊したので,空港からタクシーではじめてうみそらトンネルを通ってホテルに向かう。

チェックイン後,辻の料亭街などを散策し波上宮に参詣。中国人観光客の姿が目立つ。波の上ビーチに降りてみるとこの時期に海水浴で楽しんでいる人たちがいてすこし驚く。

ふらふらと国際通り周辺まで歩き,パレットくもじにあるりうぼうの銘菓コーナーでいつもの本家新垣菓子店の金楚糕(ちんすこう)を買おうとしたらなんと売り切れで週に2回しか入荷しないそう。とりあえず本店の電話番号を教えてもらう。

安里までゆいレールで移動し,栄町市場あたりで夕食を取ることに。居酒屋で泡盛を軽く飲んで,そばでも食べようと牧志まで戻る。ところが目当ての店が休んでいたのでホテル近辺まで路線バスで戻り,大衆食堂でそばにありつき,近隣のりうぼうストアで買い込んだ酒を部屋で呑んで寝る。

翌朝はたびらい経由で安く借りたレンタカーで首里城公園に立ち寄り,ここの売店でしか売られていない新垣カミ菓子店のちんすこうを買う。ついでに久しぶりに首里城趾にも足を運ぶが,ここは基本的に建造物を復元しているので御嶽以外はあまり興味を引かれない。天気がよかったので那覇市街を眺めたのち,A&Wに立ち寄って店舗限定のモーニングメニューで朝食を済ます。

[写真]万座毛
[写真]万座毛。

国道58号線を北上し,北中城村のライカムエリア近くで昼食にステーキを食べる。量が多いので食べきれるかと思いきや,比較的あっさりした赤身肉で意外とするりと食べきれた。嘉手納基地そばの沖縄南インターチェンジから屋嘉インターチェンジまで沖縄自動車道でショートカットし,恩納村の万座毛に立ち寄る。ここでも中国人観光客が多く,セルフィースティックをつなげたスマートフォンで写真を撮りまくっているのが彼らの目印になっていた。
名護市内を通過し,真喜屋交差点で左折する。車窓に遠浅のマングローブ林を見ながら橋を渡って奥武島を通り抜け,さらに屋我地島に渡る。島内に広がるサトウキビ畑の間を抜けると沖縄を実感する。部落を通過する際,「沖縄愛楽園」の交通標識があったので,何の施設だろうかと後で調べてみると古くからある癩病患者の国立療養所ということだ。

さらに古宇利島との間に10年ほど前に完成した橋を渡る。まさに絶景なのだが,いかんせん運転中。片側1車線の橋の上に停車するわけにもいかず,両側に広がる翡翠色の海を横目で眺めて島に到着。橋詰公園に車を止め,ビーチに降りるとここでも海水浴で楽しむ人がいてうらやましい。

公園には売店やパーラーがあり,冷えたフルーツを食べてしばし休憩。丘の上にある部落内を経由して島内を一周,ふたたび古宇利大橋から屋我地島を経由して真喜屋交差点まで戻り,国道58号を北上する。

このあたりから山原になるのか,国道沿いの人家や商店も減り,ローカル色が強くなる。国道は原生林と東シナ海の海岸にはさまれたルートなので眺めがよい。辺戸岬まで行こうかと考えていたが,時間もかかるしとりあえず大宜味村に着いたところで喜如嘉部落の芭蕉布会館に立ち寄ってみようとするがこの日はあいにく休み。部落内をぐるっと回りながら近隣に密生する糸芭蕉の木をみて満足する。

夕方になると道路の渋滞もあるので,移動時間を考えて那覇へ帰ることにする。大宜味村の道の駅に立ち寄るとシークヮーサーや赤土大根などの農産物がもりもりと並べられていた。芭蕉布を使った小物はないかと探してみるが,クバ笠などはあるものの,残念ながら売られていなかった。建物の南側には親川の滝が,正面には根路銘海岸があり,なかなか景色がよいのでまた訪れてみたい。

帰路は58号線をひたすら南下し,往路よりはやめに許田インターチェンジから沖縄自動車道に乗り,西原インターチェンジで国道330号線に降りて,浦添市から途中軽い渋滞にあいつつも那覇市に戻った。「外国人が運転しています」とのステッカーが貼られたレンタカーがちらほら目についたのが気になった。後日,聞いた話だと交通ルールをよく知らない外国人ドライバーとのトラブルが増えているらしい。

自動車を営業所に返却し,ホテルに戻って知人と合流。また栄町市場で呑んで一日が終わった。
翌日,所用を済ませて午後の便で内地に戻ったが,頭が南国モードから切り替えるのに苦労した。

久しぶりの沖縄旅行

旅行といっても所用で那覇に行くついでに現地で遊ぶことにしたので純粋な観光目的ではないけれど,レンタカーを借りて北部の大宜味村までドライブしたりとなかなか楽しかった。気になったのは国際通り近辺で,妙に小綺麗な店や内地資本とおぼしき商店が幅を利かせ,かつての南国らしい雑多な雰囲気が薄れてしまったのがもったいない。牧志のマルフクレコードはずいぶん前に閉店したと聞くし,歩いた中では民芸品店も1店舗のみと絶滅寸前。昔,芭蕉布の小銭入れを買ったあの民芸品店はいつなくなったのだろう。

——と,昔を偲んで感傷めいたことがつい口から出るのはなんだか年寄りくさくっていけないな。

文楽鑑賞メモ

  • 国立劇場五十周年 寿式三番叟,一谷嫰軍記(いちのたにふたばぐんき)三段目 弥陀六内の段/脇ヶ浜宝引の段/熊谷桜の段/熊谷陣屋の段
  • 七世竹本住大夫引退公演 増補忠臣蔵,恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)[引退狂言]沓掛村の段/坂の下の段,卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)平太郎住家より木遣り音頭の段
  • 妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)道行恋苧環/鱶七上使の段/姫戻りの段/金殿の段
  • 傾城阿波の鳴門(けいせいあわのなると)十郎兵衛住家の段,冥途の飛脚(めいどのひきゃく)淡路町の段/封印切の段/道行相合かご
  • 傾城反魂香(けいせいはんごんこう)土佐将監閑居の段,艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)酒屋の段,壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)阿古屋琴責の段
  • 義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)椎の木の段/小金吾討死の段/すしやの段,五十年忌歌念仏(ごじゅうねんきうたねぶつ)笠物狂の段,菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)寺入りの段/寺子屋の段,日本振袖始(にっぽんふりそではじめ)大蛇退治の段
  • 曾根崎心中(そねざきしんじゅう)生玉社前の段/天満屋の段/天神森の段
  • 日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)渡し場の段,舌切り雀

歌舞伎鑑賞メモ

上から新しい順。鑑賞教室ばっかりだなあ。

  • 義経千本桜 2部いがみの権太 すし屋 3部狐忠信 道行初音旅・川連法眼館(歌舞伎座)
  • 新皿屋舗月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)―魚屋宗五郎―(歌舞伎鑑賞教室)
  • 籠釣瓶花街酔醒(歌舞伎座)
  • 十七世中村勘三郎二十七年忌、十八世中村勘三郎三年忌追善 菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)寺子屋(歌舞伎座)
  • 傾城反魂香(けいせいはんごんこう)土佐将監閑居の段(歌舞伎鑑賞教室)
  • 蘆屋道満大内鑑(歌舞伎鑑賞教室)
  • 歌舞伎座新開場 杮葺落六月大歌舞伎 御存 鈴ヶ森,助六由縁江戸桜
  • 紅葉狩(歌舞伎鑑賞教室)
  • 毛抜(歌舞伎鑑賞教室)
  • 俊寛(歌舞伎鑑賞教室)
  • 壽 初春大歌舞伎 矢の根,連獅子,神明恵和合取組 め組の喧嘩
  • 日本振袖始,曾根崎心中
  • 義経千本桜 渡海屋の段・大物浦の段(歌舞伎鑑賞教室)
  • 義経千本桜 河連法眼館の段(歌舞伎鑑賞教室)
  • 鳴神(歌舞伎鑑賞教室)

神戸の——というより金宝酒家の思い出

昔,よく神戸に遊びに行っていた。大震災を境に街の様相も変わったが,久しぶりに立ち寄ると震災以前からまったく変わっていないところもあれば,さらに大きく変わったところもあったので,記憶を整理してみる。

神戸で中華料理というと南京町近辺のイメージが強いが,実際に値段と味のバランスがとれていておいしいのは中山手あたりの華僑がやってる店だと思う。元町高架下の丸玉食堂,鯉川筋とトアロードに挟まれたエリアには金宝酒家,友屋,群愛飯店,トアロードからちょっと東には鴻華園といった名店があり,どの店もそれぞれに特徴があって訪れるのが楽しみだった。

友屋は普通の定食屋のように見えて,豚バラ肉・牛バラ肉の汁そば,ごはんがおいしい隠れた——といっても昨今はもはや著名なといっていい——名店。

そのはす向かいにあった金宝酒家は緑の壁,真っ赤なドアに「18歳未満お断り」と書かれている上に,外から中の雰囲気がうかがえなかったので恐る恐る入ったところ,陽気なマスターのフレンドリーかつつかず離れずの絶妙な接客と田鶏(蛙)や野菜の炒め物のおいしさ,「中華料理も出すバー」といった風情のムードある店内でファンになった。そのほか,トイレには大村崑と一緒に撮った写真が貼ってあったり,エミール・ガレのランプ,華僑らしく大小さまざまな翡翠の置物があったのを覚えている。震災直後は近くで仮設店舗を設けて営業していた。

その後,金宝酒家があったブロック一帯は再開発で「トア山手 ザ・神戸タワー」というマンションが建設され,その一階に金宝酒家と向かいから移転した友屋が隣同士になった。移転後の様子についてはhttp://ikkhima.ko-co.jp/e40731.htmlが参考になる。

新装開店後,金宝酒家を訪れた際に以前と変わらずおいしい炒め物を味わいながら,これも変わらず絶妙な接客のマスターのウェスリー氏(彼はコックではなくオーナーだ。旧店舗ではオーダーを聞いて,厨房との間の小窓からコックに指示を出していた)とそのあたりの話を尋ねたところ,こんな経緯があったらしい。

もともとこの一角は以前から再開発の計画があったが,地権者の反対もあったりなかなか進んでいなかった。震災で風向きが変わり,再開発が一気に進捗した。金宝酒家も友屋も持ち分に応じて再開発ビル店舗の割り当てを受けたが,金宝酒家はそれにプラスして権利を買ったので店は友屋よりいくぶんか広い。金宝酒家じたいは震災以降人の流れが変わったのか客足が思うように戻らず,新装開店に際して店の雰囲気も以前のような秘密めいた感じから外からも見えるようにしてオープンな感じにイメージチェンジを図り,いままでなかったランチ営業も始めて幅広い客層にアピールしたい——。

現在も友屋は健在だが金宝酒家は2011年にウェスリー氏が亡くなり閉店したのをネット経由で知った。過ぎ去ったある時期の記憶を呼び起こすポインタそのものが過去のものとなってしまった。なお,昔の金宝酒家の西側にあった交差点にはホテルが2件並んでいたがこちらは双方とも健在で,再開発のおかげで入口に面した道路が拡幅され,しかも正面に店舗ができたのでカップルは出入りがしにくかろう。

[XX-03-2015]マカオ・香港 #1

エアラインのリワードプログラムでたまったマイレージの有効期限が近づいてきたので,マイレージの消化目的に仕事の合間を縫って海外へショートトリップすることをもくろみ,日程やら消化できるマイル数やらを勘案して目的地を香港とそこから足を伸ばして澳門(マカオ)に行くことにした。

羽田空港サクララウンジ今回のフライトは羽田発のJAL029。はじめて羽田空港の国際線ターミナルを利用する。今回もビジネスクラスに乗るので,サクララウンジで朝食をつまみに軽く酒を飲んで時間をつぶす。フライトじたいは特筆することもなく,機内食もまあほどほどで酒を飲んで寝る。

[写真]羽田空港のサクララウンジ。

香港に到着し,出国手続を行う前の到着コンコースにあるチケット売り場でマカオ行きのジェットフェリーのチケットを買う。空港内は無料のwifiサービスがあるので,暇つぶしを兼ねて情報収集ができるのがありがたい。時間になるとフェリーターミナル行き新交通システムの乗り場へ向かう通路のガラス戸が開く。エスカレータをくだりプラットホームで待つこと数分,自動運転の車両に乗り込む。フェリーターミナルに着くと売店があるので飲み物を買う。ここでも乗船までしばらく待たされる。

ジェットフェリーは自由席で,船内では飲み物や軽食の販売もある。船窓を覗くと霧のかかった曇天で,景色を楽しむことはできなかった。1時間ほど乗船すると,港にかかる橋と派手なカジノが視界に入り,澳門の外港客運碼頭(フェリーターミナル)に到着。蒸し暑い。ここで入国手続を行うが,運悪く時間のかかる入国審査官の列に並んでしまう。マカオでは旅券にはスタンプを押さず,バーコード入りの紙片が渡された。

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フェリーターミナルのロビーにあるハチソンの自動販売機でプリペイドSIMを買おうと考えていたが,滞在期間を考えると割高になるのでとりあえずパス。香港ドルへ最小限の両替を済ませ,バスターミナルの地下道をくぐったところにある乗り場でソフィテルホテル・アットポンテ16の無料シャトルバスに乗ることにする。定員が少ないマイクロバスなので来たバスには乗り切れず,15分後の便に乗る。

[写真]福隆新街。「押」の看板は質屋の印。
[写真]福隆新街。「押」の看板は質屋の印。
カジノ街を横目に見ながら,交通量の多い新馬路を通りポンテ16に到着。ソフィテルのようなよいホテルに泊まりたいのはやまやまだがそれはまた別の機会に置いておいて,安宿が軒を並べる福隆新街に向かう。このあたりの安宿街にはかつて立ちんぼなどがたむろしていたようだが,北京の風紀矯正政策の影響で売春婦は一掃され,治安がよくなった。安宿のなかでも比較的評判のよい東京賓館を訪ねると,空室があるというので泊まることにする。部屋はいたく狭いが,最低限の物はそろっているうえ,無料でwifiが利用できるのがポイント高い。利便性を加味するとバックパッカーの宿としてはよい部類に入るだろう。

荷物を置き,散歩がてら議事亭前地(セドナ広場)に向かい,新馬路沿いの両替商で日本円を澳門パタカに両替する。澳門ではパタカと香港ドルの双方が通用するが,貨幣価値は香港ドルのほうがわずかに高く,店によっては差をつけているところもある。ポルトガル本国から職人を呼んで作らせたカルサーダスと呼ばれる波打ち模様の石畳が美しいセドナ広場周辺を逍遙した後,龍嵩正街にある食堂で夕食を食べようとするがあいにく定休日で,数件隣にあるカフェに入ってインディカ米とオックステールの煮込みをワンプレートにしたポルトガル風料理を食べる。

營地街市#1
[写真]營地街市のフロアガイド。
ふたたびセドナ広場に戻り,脇の道を入ると関帝廟の周りに露店が軒を並べており,こぎれいな欧州風の町並みが一転して東南アジアの風情となる。生鮮市場らしき建物(營地街市市政綜合大樓)を見つけ,足を踏み入れると営業時間終了間近のようで,すでに店じまいした店舗もあり客もまばらで閑散としている。エスカレーターで各フロアを見て回るとフロアごとに扱っている品物が異なり,鮮魚や牛,猪(豚肉),鶏,野菜などバラエティに富んでいる。ローカルな市場は現地の食生活がうかがえるのでおもしろい。

營地街市#2
[写真]營地街市の家鴨販売店。昔,昆明の奥地でこんな感じで大量の家鴨が農家の庭先にぶら下がってきたのを思い出した。
營地街市#3
[写真]こちらは牛肉販売店。

ぶらぶら散歩をしていると,セドナ広場から通じるカルサーダスが美しい聖ドミニコ広場にたどり着き,照明に照らされた世界遺産の聖ドミニコ教会(聖母玫瑰堂)のファザードをしばし堪能。營地大街に抜け,通りの間から特徴的な形状の高層ビル全体が輝くグランドリスボアホテル(新葡京酒店)を遠くに見やりつつ,新馬路に戻って外港行きの路線バスに乗る。

新口岸のカジノホテル街でバスを降り,ネオンがきれいな金龍酒店に立ち寄る。簡単なセキュリティチェックを受け,クロークで荷物を預けてフロアを上がり,キャッシャーで現金をチップに交換。遊戯場はクラシックな内装で,バカラやポーカーに興じている客を横目に見つつ,盛り上がっている大小のテーブルに立ち寄る。女性ディーラーの出目を確認しながら,ミニマムベットの50香港ドルを賭ける。高倍率の目を狙うような度胸はないので,大・小で手堅く賭けていこう。数度賭けた結果は,ビギナーズラックでプラス。熱くなるとたぶん負けるだろうから,勝っている状態で撤収する。ふたたびキャッシャーに赴き,チップを現金に交換。もちろん大勝ちではないが,カジノ王に一矢報いたようでなんとなくうれしい。

金龍酒店
[写真]金龍酒店のネオン。

金龍酒店を出て,他のカジノホテルにも数件立ち寄ってみるが,内装こそ明るいが賭場特有の雰囲気は似たり寄ったり。ホテルの周囲には素寒貧になった人のための質屋が点在していた。ふたたび路線バスに乗り,セドナ広場近くの新馬路で降りる。大街に入り,電気店や大きなフカヒレがこれ見よがしにディスプレイされた乾物店,霊芝や冬虫夏草が並ぶ漢方薬店を冷やかしつつ地元スーパーの新苗超級市場に立ち寄る。現地のお菓子や食品を眺めるのは楽しい。冷えたビールやミネラルウォーターを買って宿に戻った。

質屋
[写真]カジノ周辺にある質屋。クレジットカードでキャッシングできるということらしい。

マカオに行くの巻

 たまったマイルが有効期限切れになりそうなので,海外旅行に行くことにした。こういう「強制の契機」がないと重い腰があがらない。
 マイレージプログラムのチャートとにらめっこして,香港あたりがいいかなと判断。ポルトガルとのクレオール文化が残るマカオに興味があったので,足を伸ばすことにした。いろいろ考えて,香港到着後そのままマカオに入ってから香港に戻るルートにした。
 短い旅行ながらなかなかおもしろかった。ただ,大陸からの観光客の増加と円安もあってホテルが軒並み値上がりしているようだ。結局,マカオはセドナ広場近くの,香港は尖沙咀(チムサーチョイ)周辺の安い宿屋に泊まったが,次に訪れる機会があればもう少しよいところに泊まろうと思う。(つづく)
※ 詳細は[XX-03-2015]マカオ・香港 #1にて。

たばこ

ジタンとゴロワーズ 画像の貼付けテスト。手元にあった煙草を撮ってみた。
 このジターヌ(ジタン)とゴロワーズは,いずれもオリエント葉を一度発酵させたフランスの黒煙草で,日本で一般的なヴァージニア葉の紙巻煙草(黄煙草)と比べると葉巻に近い香り,味わいがする。ゴロワーズはブリュンヌ(旧カポラル)なのでフィルターのない両切り。
 両ブランドとも,黄煙草の味を好む人向けにヴァージニア葉メインのブロンドもラインアップされているものの,実のところフランスで一番よく喫まれているのはマールボロらしい。

宮崎駿

 『風立ちぬ』公開でいろいろ盛り上っていているなかで,「子供が退屈した。ジブリらしくない」「ストーリーがない」などというレビューがわりとよく見かけられるけど,なにをいまさらと思う。

 宮崎駿の描きたいことは,昔から「1に飛行機(やらメカニック)と空,2に皺々の婆さん(マザコン)[★],3が美少女(ロリコン)」で,その他はわりとどうでもいいと思っているふしが強い。本人が「(子供マーケットを無視して)道楽で作った(いまは反省している)」と言っている『紅の豚』は最高傑作だと思うが,特に話に起承転結があるわけでなし,皺々婆さん大活躍の『千と千尋…』も後半部分はぐだぐだになってしまうし,トトロにいたっては話の盛りあがりすらないがいずれも圧倒的な絵の力で見せてしまう。

 もちろん,商業上の要請でファミリー向けに制作せざるを得ないのは百も承知だが,愛車がシトロエンの2CVでチェリーが好きだったたばこ呑みの宮崎駿は,ワンボックスカーや軽自動車に乗り,たばこを吸う旦那がベランダに追いやられているファミリー層と元来食い合せが悪いんだろう。

★ 宮崎作品では,爺さんや壮年の男性,妙齢の女性があっさりした描写であることが多いのに比べて,とにかく皺くちゃの婆さんがよく登場する。『千と千尋…』にはじまって,『ハウル…』の荒地の魔女やら,『天空の城ラピュタ』の空中海賊のボス,『紅の豚』でピッコロ社に手伝いに来る婆さんたち――。どの婆さんもいきいきとして,描き手の思い入れがよく伝わってくる。