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[02-11-1995]琉球・台湾 #3‐久高島

早朝5時過ぎに那覇新港に到着。港で客待ちをする白タクを横目に,徒歩で安謝橋バス停に行く。安謝橋バス停からバスに乗り,国際通りに向かう。碧山老師とは5日後の那覇空港での再会を期して県庁北口で別れた。

県庁前からほどなく歩き,に乗ろうと那覇バスターミナルに到着する。馬天港を経由する与那原方面行きの市外線バスの発車まで時間があるので,途中のコンビニエンスストアで買っておいたおにぎりやお茶で軽く朝食を済まし,バスターミナルの中のコインロッカーに荷物を入れる。馬天港からは久高島に行く航路があり,今回はその久高島に行くことも旅の目的のひとつであった。

1時間ほどしてバスの発車時刻となり,40分ほどで馬天入口バス停に到着した。馬天港はそのすぐ近くにある。接岸できる桟橋があるだけの簡素な港で,久高海運のプレハブ小屋で乗船券を買い,高速艇が来るのを待つ。

さて,小型の高速艇「ニューくだか」が到着すると船員たちがまず生活物資などを積みおろしする。離島航路は島民の足だけでなく生活の命綱でもある。乗船し,高速艇が離岸して港を出るとかなり波が荒く,船体は大きく上下する。天気はよいのだが,前日からの時化が残っているらしい。地図で見ればわかるのだが久高島は外海にあり,意外と本島から距離もある。波頭を乗り越えていく小さい高速艇に若干不安を覚えつつも,髭とサングラスがまるでブルータスのような船長の余裕ある表情から,この程度の時化では大したこともないのだろうと思うことにした。30分程度で久高島の徳仁港に到着した。港にはおんぼろな船が碇泊していたが,碧山老師に聞いた話では,高速艇の就航前にメインでがんばっていた「新龍丸」という船らしく,所要時間も2倍ほどかるそうだ。

あまり有名ではない久高島を訪れる気になったのか,という話をすこししてみよう。最初に碧山老師からの「久高島という妙な島に行った」という旅行譚から,いろいろ聞いたり調べたりしたところ,「琉球の始祖,アマミキヨが降臨した島」で「歴代の琉球王朝の王も本島の御嶽(うたき)から久高島に向かって礼拝する行事を欠かさなかった」り,「島全体がノロと呼ばれる女性シャーマンを中心とする共同体の所有物である」など非常に興味深いことがらが多くわかったので,旅行のコースに加えたのだった。実際,徳仁港には「この島は全域にわたって神域ですので云々」との看板もある。

徳仁港からまず南に向かって歩き,すぐ海岸に出ると海鼠の多さに驚かされた。とにかく,波打ち際に無数の黒い海鼠がいる。数匹の海鼠を突っついたり,引っ張ったり,水からあげて触ってみたりして遊んでみるが,どうもこの海鼠というやつは身を固くする程度の抵抗しかしないのであまりいじめるのもかわいそうだと思い,適当に切り上げて島内散策をすることにした。

島はさほど大きくないので,3時間ぐらいあれば端まで行くことができると事前に碧山老師に教えてもらっていたので,島の最北端まで行くことにする。部落内は狭い路が入り組んでいるが,結局最後には1本にまとまるのでどの路をとってもかまわない。島人たちは外来者に対して警戒心を持つとまではいかないが,あまり友好的ではないようだ。ここで,島内の自動車にナンバーがないのに気がついた。つまり島全体が共有地であるので,「公道」というものがなく,自動車はすべて「私有地」を走行していることになるからではないかと思う。

11月というものの,南国ゆえ日差しはきつい。島内は神域らしくあちこちに御嶽とよばれる聖地がある。また,山羊が飼育されているのも数か所で見かけた。おそらくそのうち山羊汁になるのだろう。

久高島で飼育されている山羊たち
久高島で飼育されている山羊たち。山羊汁になるのだろうか。

部落を抜けると,道も未舗装で椰子蟹とおぼしき蟹の姿なども見かけられる。途中,村人と2~3回すれ違った以外は誰とも出会わない。クバ林(これも神域らしい)の中の1本道を歩くこと数10分,島の北端に到着する。もちろん,誰もいない。海鼠としばらく遊び,もと来た道を戻ることにした。

久高島のクバ林の中の一本道
久高島のクバ林の中の一本道。このような光景が2Kmほど続く。周囲は神域らしい。

徳仁港に戻り,高速艇が出る時間まで間があったので,ぶらぶらしてみる。この島の特産物はイラブー(海蛇)の黒焼きであるが(他にはスクガラスや鰹の塩辛など),この海蛇の漁業権はノロが独占していたそうだ。徳仁港のそばにもエラブ岩という海蛇の漁場があるのだが,今はイラブーの漁獲がどうなっているのかはわからない。ちなみに護岸工事などの徳仁港の改修工事を行った際,ノロが神様に「島の発展のためにおゆるしください」旨のお願いをしたそうだ。

徳仁港のエラブ岩
徳仁港の堤防から撮影。中央奥の方に見えるのがエラブ岩。港湾整備が行われる前は海蛇の漁獲地だった。

時間になり,出発した高速艇の乗船客のなかに小学校の先生と校長とおぼしき人物が乗っており,その教え子らしい子どもたちとなにやら会話を交わしていたが,方言のせいでまったく理解不能だった。馬天港に到着した後,バスで再び那覇バスターミナルに戻った。

ここで重大な忘れ物に気がついた。旅行の行程表を自宅に置き忘れたのだ。航空機や離島航路の時間を調べ上げて作成したものなのでこれなしでは旅行はかなり面倒になる。そこで,街角のコインファクスを利用して家人から行程表を送信してもらおうと目論むが,そういったサーヴィスを行うところがない。この後石垣島に向かう便に搭乗する予定なので,若干あせりつつ国際通りを歩いているとパレットくもじに琉球放送のラジオのサテライトオープンスタジオがあるのに気がついた。ラジオといえば聴取者からのファクスである。オンエア中にもかかわらず,ファクスを貸してくれと曲の間にお願いしたところ,生放送が後15分ほどで終了するからその時ならば,と快いお返事をいただいた。本番終了までに腹ごしらえを,とパレットくもじの中ではじめてソーキそばを食べ,琉球放送のスタッフへのお礼の品を調達したのち,スタジオのファクスを借りて無事,行程表を入手した。まったく人騒がせな話であるが,琉球放送のスタッフには改めてお礼をいいたい。

ようやく行程表を手に入れ,那覇バスターミナルにからバスに乗り,米軍関連施設を車窓に見ながら石垣行きの飛行機に乗るため那覇空港に向かう。当時,那覇空港の国内線は第1ターミナルと第2ターミナルとに別れており(1999年5月より新旅客ターミナルの供用が開始された),離島路線は主に第2ターミナルだった。そこで,バスを第1ターミナルで降りた後に無料の空港内リムジンで第2ターミナルに行くと,日本トランスオーシャン(JTA)の石垣行きは第1ターミナル発だった。リムジンを待つより歩こうと,徒歩で向かうが結構距離がある。やっとの思いで第1ターミナルに着き,チェックインを済ませた。

石垣空港に到着し,空港の公衆電話から当日の宿の予約を取る。いくつかの候補地のうち,空きがあった宿に決定。市街地に向かおうとするが,空港からの交通手段はタクシーしかないようだ。空港から1kmほど離れたところに路線バスのバス停があるので,そこまで歩くことにした。バス停でかなり時間をつぶし,バスで市街地に入る。予約したホテルは古いが繁華街の中にあり,離島桟橋,バスターミナルの双方から近いので便利そうだ。チェックインして荷物を置き,夕食を取りに外出する。ガイドブックなどによく掲載されている郷土料理の「磯」という店に行き,セットものを頼む。味は可もなく不可もなく,といったところ。食後,町をぶらついてみるが,八重山の中心ということもあり,規模は小さいものの,商店街などもありなかなかおもしろいところである。

[01-11-1995]琉球・台湾 #2‐那覇航路その2

 朝,目が覚め船内のカフェテリアで朝食をとり,船内をいろいろ散策してみる。後部デッキに出ると板張りで,リクライニングチェアなどがおいてあり,四方の海を見渡しながらゆったりと過ごすことができる。この日は天気もよく,青空の下で水平線を見ては地球の丸さを実感した。後部デッキには他にもいろいろと遊べるようになっており,ダイビングプールやサウナ,ジャグジーなどが設置されている。もっとも11月ということもあり,それらの施設を利用するには残念ながら少し季節がはずれていた。

板張りの甲板
板張りの甲板から太平洋を眺めると気持ちがよい。

 われわれは時間つぶしに船内にある「飛龍カントリークラブ」でゴルフに興ずることにした。ご大層な名前であるけどもスクリーンに向かってゴルフボールを打つだけのただのゴルフシミュレータだ。レセプションカウンタで申し込みをしたが,当然というかわれわれ以外の利用者はいないようだ。二人ともゴルフは全くの初心者で,目を覆いたくなるほどひどいスコアだった。周囲の人目がないので助かったものの,そうでなければ赤面ものだ。しかし,なんだかんだといいながらもそれなりに楽しく,レセプションで時間延長をしてもらい,さらにゴルフごっこに興じた。

 昼はカフェテリアであまりおいしくないリゾットを食べたが,いろいろな船旅行を経験している碧山老師によると,比較的よいほうらしい。碧山老師が言うには,中にはあらかじめ乗船時にプリペイドカードが手渡され,食事はそのプリペイドカードを使って自動販売機でインスタントものを購入させる船もあるということだ。確かにそれに比べれば格段によいことにはかわりない。昼食後には船内の売店でブルーシールのアイスキャンディーを買ってデザートに食べた。種類はペパーミントチョコなどの琉球ならではのアメリカ風であったが,われわれはウべのアイスキャンディーを選んだ。ウベとは「紫山イモ」として知られるもので,イモの中身が赤紫色をしているのである。このアイスキャンディーはこれを原料としており,まったりとした味が非常に美味しく,大変気に入った。

 何をするでもなくのんべんだらりと船上ライフを満喫して過ごしているうちに,海が時化てきた。白い波頭もたっており,船体も大きくローリングするなど,その荒れ具合は結構なものだった。船内を歩いてみると,みんな船酔いを起こして部屋でじっとしているようで乗客の姿はあまり見えなかった。そんな時化のなかでも,パワーのある船らしく,速度を落とすことなく宮崎県の都井岬沖を通り,大隅半島と種子島の間の大隅海峡を通過する。すでに夕方近くなってきており,屋久島の宮之浦岳に西日があたっていた。宮之浦岳は標高が2,000m近くあり,九州で一番高い山ということだ。

甲板からの眺め
甲板からの眺め

 夜になり,メインレストラン「セブンシーズダイニング」に行き,船上で知り合った某大学の学生君も交えて3人でディナーをとることにした。料理もそれなりでピアノの生演奏などもあり,雰囲気も上々であったが,ここでも船会社の思惑とは異なりゆっくりと食事をしようとする乗客の姿は少なかった。

 食後,キャプテンズ・バーに3人で赴き,酒でも飲もうと相成った。カウンターの中にはバーテンと日米の合いの子らしい女性が手持ちぶさたそうにおり,妙なところで異国情緒を感じさせた。最初,カクテルを飲もうと思っていたが,どうやら泡盛があるようなので「せっかく琉球に行くことだし」と泡盛の古酒 (クース) を頼んでみた。そのときまで恥ずかしながら,泡盛は土方が呷るようなアルコール度数の強い安酒で,焼酎のようににおいの強いものだと思っていた。しかし,甕から出されて琉球ガラスのグラスに注がれた古酒の香りにまず驚き,次に口に含んでみたときのそのまろやかさに一気に悩殺されてしまった。あまりアルコールを嗜まない碧山老師もこの泡盛には感服していたのが印象に残っている。このバーでの体験以降,泡盛は小生のアルコールライフの一翼を担うようになってしまった。ちなみにこのバーも雰囲気はよかったが,やはり利用する客はほとんどおらず,船会社の意気込みだけが空回りしているようで非常に残念だった。

[31-10-1995]琉球・台湾 #1‐那覇航路

今回の旅は小生と碧山老師,それにM氏の3人で弥次喜多を決め込んだが,行くことになっていた。台湾については3人ともが初めての訪問ということで全く問題はなかったのだが,琉球については小生は未訪問,他の2人が訪問済みでしかも2人の間で琉球に対する温度差があるような状況だった。そこで前半琉球部分の旅程は各自がばらばらに行動し,那覇空港で集合するという展開になった。かくして,小生と碧山老師は同時に船で琉球に向かい,M氏は集合の前日に航空機で那覇入りすることになった。なぜ,琉球と台湾の旅行がワンセットになっているのか? と疑問に思う向きもあろうかと思うが,地図を見ればわかるように両方とも距離的にも非常に接近しており,当初,大阪~那覇~石垣~高雄(もしくは基隆)の有村産業の国際航路を利用して旅行をしようと考えていたからだ。

ということで,碧山老師と2人でまず琉球に向かうことにした。市営地下鉄とニュートラムを乗り継いでフェリーターミナル駅で下車する。長距離フェリーはここから発着するものの他,駅から2kmほど離れたかもめ埠頭で発着するものとがある。われわれが乗船しようとしていた『飛龍』はかもめ埠頭から深夜に出航するのでそこまで行く必要があったのだが,いかんせん距離があり,また深夜の港は非常に治安が悪く徒歩では行けない。他の手段としては,1.連絡バス(無料)に乗る,2.市営バスに乗る,3.タクシーに乗る——の3つがある。ベストは連絡バスだが本数が少ない。市営バスも時間が限られている。碧山老師の下調べにより最終の連絡バスの時間がわかったので,われわれはそれを利用することにした。連絡バスが来るまで時間があったので,フェリーターミナルで時間をつぶす。連絡バスに乗りかもめ埠頭に向かうが,広報がなされていないせいか乗客は少ない。車窓からの風景は人っ子一人いず,倉庫が建ち並び大型トレーラーが大量に路上駐車してある典型的な港湾地区で,到底徒歩ではたどり着けそうにない雰囲気だ。かもめ埠頭の窓口で予約票を乗船券に交換してもらう。時間がかなりたち,どこからともなく乗船客が三々五々集まってくる。なにせ連絡バスに時間を合わせたので,出航時間までかなり間があり,さらに四方山話をしながら時間をつぶす。

やっと乗船時間になって,乗船客がぞろぞろと動き出した。「飛龍」は当時まだ新造船であり,設備もそれなりに充実していた。エントランスホールに入ると,制服を着た女性船員が一列に出迎えてくれた。この船の等級は下から順に,インサイドキャビン(2等船室)・アウトサイドキャビン(1等船室)・スイートキャビン(特等船室)となっており,それぞれ2段ベッドの定員6名と定員4名,スイートは定員2名である。スイート以外は基本的に相部屋となるが,フェリーによくある汚いカーペットの上での雑魚寝がないので2等であっても快適であろう。

われわれは豪勢に行こうということで,それぞれスイートキャビンを予約した。2名定員の船室に1名で宿泊すると料金は2名分払うのが普通であるが,この「飛龍」は1人で泊まっても1名分の料金でよいので,われわれは別々の部屋に泊まることにした。当時,大阪~那覇間の料金はインサイドキャビンで15,450円,アウトサイドキャビンで25,750~30,900円(これは4名定員に何人で利用するかによって変わる),スイートキャビンが38,620円である。まあはっきり言って航空機を利用したほうが遙かに早いし,早期割引を利用すればさらに安くなるのであるが,旅行は旅程そのものを楽しむ道楽でもあるので,のんびり豪勢に楽しむ手段を選択した。ちなみに「飛龍」ではスイートキャビンの利用者しかルームキーが渡されない。

「飛龍」のスイートキャビン
ビジネスホテルの部屋より広い「飛龍」のスイートキャビン。手前にダブルベッド、手前左側にバスルームがある。テレビの下は冷蔵庫。

日付が変わった後にやや予定時刻より遅れて出航になり,離岸した。どの客も出航の様子を見ようとデッキに出ている。客層は学生や年輩者が大半で,われわれのような酔狂がいないとスイートなぞ利用する者はほとんどいないだろう。船内に神式の結婚式場を設けたりしているところから,船会社としては新婚旅行にスイートを使ってもらおうとのもくろみがあったのかもしれない。部屋に戻りつまみを食べながら持ち込んだビールを飲み,碧山老師と那覇到着以降の予定などを話し,それぞれの部屋に分かれて寝た。

ホーチミンシティ市内での路線バスの乗り方 ‐ ベトナム旅行番外編

サイゴン(ホーチミン)旅行では時間に余裕があるので市内の移動には路線バスを活用した。タクシーは初乗り10,000VNDくらいからだが,路線バスは基本的に5,000VND均一で本数も多いし,タクシーのようにぼったくられる心配もない。路線バスは経路が複雑でバス停の位置もわかりにくいので乗りこなすのが難しそうに見えるが,バスの運行システムがIT化されているようで文明の利器を活用すればさほどハードルは低くない。

1.現在地と目的地を結ぶ路線を把握する

 (a) バス系統図を見る

ツーリストインフォメーションセンターで無償配布されている「ホーチミン市トラベルマップ」の裏面には市バスマップが掲載されているので,それを見ておおよその現在地から目的地を通る系統を探す。ただし,系統図なので地図が抽象化されており,地図を読むのが苦手な人には難しいかもしれない。ターミナルや観光スポットには日本語表記が添えられているが,通りの名前などはベトナム語表記である点にも注意。

 (b) ウェブサービスを利用する

交通局が運営する「BusMap」で出発地と目的地を指定すると,適当な路線をナビゲートしてくれ,出発地バス停でのおおよその待ち時間も表示される。

BusMapのナビゲーション画面
BusMapのナビゲーション画面。9月23日公園からハイバーチュン通りまで行く場合の経路案内。19番バスの経路と途中のバス停がプロットされている。

また,GoogleMapでバス停のアイコンをクリックすると,そのバス停に停車するバスの系統番号と行き先,運転間隔が表示されるので便利だ。これも現在地近辺のバス停と,目的地近辺のバス停で見当をつけて調べればどの系統に乗ればよいかがわかる。通りの名前などはベトナム語表記。

GoogleMap
GoogleMapでバス停をクリックすると,経由する系統とその運転間隔が表示されるので便利。

 (c) スマートフォンアプリを利用する

「BusMap」のスマートフォンアプリがiOS,Android,WindowsPhone向けに提供されている。これが一番手っ取り早いかもしれない。

2.バス停に行く

BusMapかGoogleMapで位置をつかめばほぼ正確。ただし,1つのバス停でも系統別に乗り場が分かれていることがあるので注意する。一例を挙げると,「ハムギー通り」バス停は東行きが6つ,西行きが5つバス停があるので,GoogleMapで自分が乗りたい系統のバスがどのバス停に停まるか確認し,また現地でバス停の表記を確認しないと,目の前をバスが次々と通過する羽目になる。

3.乗車して運賃を払う

バスには行き先と系統番号が前面に掲示されている。行き先はベトナム語だが,系統番号さえわかれば問題はない。乗車後,運転手か車掌に5,000VDN払うと領収書代わりの切符が手渡される。ガイドブックでは「大きい荷物がある場合,割増運賃を請求される」とあったが,機内持ち込み可能サイズの荷物しかなかったので追加料金を請求されることはなかった。降りるときは押しボタンを押す。乗車時にどこで降りるのか訊かれて目的のバス停に停まったら乗務員が声をかけてくれることもある。

なお,タンソンニャット国際空港‐市内を結ぶ路線バスは,125番系統が5,000VDN,49番系統(★)は40,000VDNと運賃が異なる。前者は通常の路線バスだが,後者は空港利用者向けで停車する停留所が限定されている。

注意 49番系統のバスは2018年6月で運行が休止されたもよう。
Tạm ngừng hoạt động tuyến xe buýt không trợ giá số 49(ベトナム語)
バス運行を一時停止(Google翻訳)

49番バスの路線図
タンソンニャット国際空港から市内へ向かう49番バスの路線図。市民劇場へ行くならNo.5で下車する。

[XX-08-2017]ベトナム(ホーチミンシティ)#4

※ 21-11-2017 更新
早朝,枕元のスマートフォンが鳴り,目が覚める。Uberで予約したタクシーの運転手からの電話だ。ベトナム語で話をされてもちんぷんかんぷんなので,英語で聞いてみるがらちがあかない。枕元でセットした目覚まし時計が鳴らなかったらしく,時刻を見るとすでに6時。昨夜の内に出発の準備をしておいてよかった。豪華な朝食に後ろ髪を引かれながら急いでチェックアウトし,Uberのアプリをみると,ホテルの近くに来ているらしい。また運転手から電話がかかってきたが,やはりベトナム語しか話せないようで,困っているとそばにいたドアマンが心配そうにくるので代わってもらった。どうも車をつける場所を訊いているようだ。

Uberのアプリには概算で料金が出るので,昨夜調べたときにはカード払いでは2万ドンいかないくらいだったが,キャッシュを使い切るため現金払いにしたせいかその表示がない。念のためドアマンにタンソンニャット国際空港までのタクシー料金を聞いてみるとだいたい最大で20万ドンくらいだろうとのこと。15万〜20万ドンくらいという各種情報ともおおむね一致するのでそれを基準にする。

やっとタクシーがホテルの車寄せに到着し,それに乗り込む。空港までは車やバイクの交通量は多いものの順調に流れており,渋滞に遭うこともなくほぼ時間通りに国際線ターミナルに到着した。

料金は20万ドンだと運転手が言うので,ちょっと高めだが早朝だし,相場の範囲でもあるしちょうどキャッシュもきれいになくなるのでそのまま言い値で支払う。数分後,Uberから領収書がアプリに送られてきたので見ると,15,000ドンになっている。あの運転手は差額を丸儲けしたわけだ。即座にアプリからUberにクレームを入れると,お詫びとともに5万ドン分のクーポンが送られてきたが,もらったところで使い道がない。Uberでは現金払いはやめたほうがいい。

航空会社のカウンターに行くとすでに長蛇の列。事前にwebチェックインをしているが,サイゴンでの作業なのでプリントアウトをしておらず,キオスク端末もないので列に並ぶ必要があるかと思って職員に訊くと,それならこちらでと優先的に別のカウンターで搭乗手続きをしてくれた。

第一関門をスキップできたものの,出国審査がまた大行列。これを越えるとつぎに保安審査で行列。係員に荷物を開けろと指示され,中身を見せると羽田の免税店で買った土産物を見つけられ品名を訊かれたので答えるとオーケーとのこと。

保安区域内はちらほらと免税店がある程度で,やや大きめの地方空港といった趣。起きてから何も食べておらず空腹なのでラウンジに入って休憩がてら朝食にフォーを食べ,ビールを呑む。飛行機に搭乗後は酒を呑んで機内食をつまみ,仮眠して過ごす。到着した成田空港ではさっくりと入国審査と税関を通過。ラウンジでビールを呑み,時刻表をあれこれ見ながら都心に戻るアクセス手段を検討,結局JRに乗って帰った。

タンソンニャット国際空港のオーチャードラウンジ
タンソンニャット国際空港のオーチャードラウンジ。メインの通路からエレベーターで1フロア分降りるが,アクセスが少しわかりにくい。

※この項,更新予定あり。

[XX-08-2017]ベトナム(ホーチミンシティ)#3

※ 29-10-2017,14-11-2017,21-11-2017 更新
またも夜明け前に鶏の鬨の声で起こされる。朝食にバゲットとオムレツを食べ,ベトナムコーヒーを呑みながら一服。フランスの植民地だったせいか,どこでもバゲットがあるし,しかもたいていはおいしい。

朝の散策にホテルを出る。近くの路地では路上で野菜や肉,魚,それに蟹が売られていてさながらミニ市場の様相。魚はとれたてのようで,路上に置かれた桶から飛び出して道路ではねる鯰もいる始末。肉は屠殺後解体された部位がそのまま並べられている。

路地の即席市場#1
路地の即席市場。野菜だけでなく肉や魚も売られている。
路地の即席市場#2
かがんでいる女性の前にある桶に生きた鯰がいるが,このあと桶から飛び出すことに。

そのままファングーラオ通りに出て,西に進むとコンクイン通りとの交差点角周辺にタイビン市場があり,生鮮食料品だけでなく衣料品も売られていた。なかには川魚と一緒に生きた蛙を売っている店も。

タイビン市場
タイビン市場はテント屋根の商店が軒を連ねており,青空市場っぽい雰囲気がする。

タイビン市場を出てバスターミナルを横目に9月23日公園を突っ切る。デタム通りとの交差点付近にあるツーリストインフォメーションセンターに立ち寄ると,日本語のガイドブック,折りたたみ地図があったので入手する。特に折りたたみ地図は裏面がバス路線図となっているので利用価値は高い。

さらに9月23日公園を横断してルロイ通りを渡って北側にあるロータリーから8月革命通りに進み,右折すると野外音楽場のような施設が見える。その先には映画館らしきものがあり大きな映画の看板がかかっていて,薔薇の花を持った髭の表情からするとたぶんコメディなんだろう。後で調べると,ここは「Galaxy Cinema」というシネコンで,看板の映画は「YÊU ĐI, ĐỪNG SỢ!」(リンク先はYouTubeにある映画の予告編)というゴーストもののコメディのようだ。

映画の看板
コメディ映画のわかりやすい看板。薔薇の花を持った髭の表情だけでご飯がおかわりできそうだ。

その先の交差点の角には例によって天井から渦巻き線香がぶら下がる中華寺院があり,ここでもやはり門前で鶏が飼われている。こいつらが夜明け前から鬨の声をあげているのだろう。

路上の鶏たち
華人寺の前の路上で放し飼いになっている鶏。1匹だけ籠に入れられているのはなぜだろう。

交差点を左折すると通りの左右に文化公園(タオダン公園)が広がる。統一会堂の南西隣りに位置している。喧噪から離れ,小鳥のさえずりまで聞きながらベンチに座ってしばし休憩。

文化公園
統一会堂の南西隣りに位置する文化公園。別世界のように静か。

公園からリートゥーチョン通りをしばらく歩き,なぜかサイゴンにもある丸亀製麺の交差点を右折してヒンドゥー寺院に立ち寄る。参詣者はインド人が多いのかと思いきや,地元民ばかりだった。

ヒンズー寺院
マリアマン・ヒンドゥー寺院。ここだけインドになる。ファザードだけでなく,内部にも極彩色に彩られたヒンドゥーの神々が多数あしらわれている。

リートゥーチョン通りを左折し,ベンタイン市場の北門を背にトゥコアフアン通りを北西方向に3分ほどまっすぐ歩いて左側にある食堂「Đại Cát Tường」(ダイカットゥーン)で小腹が空いたのでフォー・ガー(55,000VND)を食べる。後から調べると地鶏料理の専門店とのことで,鶏の出汁が利いていて非常においしい。いままで食べた中で一番おいしいフォーだと思う。

地鶏料理店ダイカットゥーン
フォーがおいしい地鶏料理店ダイカットゥーン。店の正面には調理中の鶏がぶら下がっている。

食後,またベンタイン市場に行く。北側の生鮮食料品売り場から順番にぐるりとまわって一通り店先を冷やかす。

ベンタイン市場の肉売り場
ベンタイン市場の肉屋。この店は豚の内臓を主に扱っているようだ。屠殺して間がないらしくどれも新鮮そう。

ホテルに戻ってチェックアウトし,9月23日公園にあるバスターミナルから19番の路線バスで徴姉妹(ハイバーチュン)通りまで行く。バスを降りて平行するドンコイ通りまで歩いて,次に泊まるコロニアル風の老舗ホテルに到着。チェックインまで時間があるので,フロントにスーツケースを預けて散策に出る。

近くにあるマジェスティック・サイゴンの隣にあるクレジットカード会社のプラザで近辺の店を教えてもらい,手始めに小腹が空いていたのでハムギー通りにあるパン屋兼食堂「Như Lan(ニューラン)」に入る。名物のバインミー(25,000VND)は日本で食べるのとは比較にならないくらいおいしく,店も繁盛しているようだ。

パン屋兼食堂のNhư Lan(ニューラン)。
パン屋兼食堂のNhư Lan(ニューラン)。ハムギー通りの角地にある。
Như Lan(ニューラン)の店頭
Như Lanの店頭。鶏や豚がおいしそうに炙られている。右下に見えるのは子豚か。

広いグエンフエ通りをホーチミン人民委員会庁舎の前に立つホーチミン像まで歩く。雨がぽつりぽつりと降ってきたし,チェックイン時間にもなったのでホテルに戻ってチェックインを済ませる。

ホテルの部屋はバスルームともども広く,前日までとは打って変わって豪華な気分に。折りたたみ傘を持ってふたたび散歩に出るが,小雨の上じっとり蒸し暑い。新しいショッピングセンターにある高島屋を覗いてみた後,統一会堂,聖母マリア教会,中央郵便局と歩く。

統一会堂の正面
統一会堂の正面。8月革命と建国72周年を祝う幕を門にかけているところだが,なかなか位置が定まらずあれやこれやと微調整しているところ。

聖母マリア教会は工事中で外側からしか見学できない。やや歩き疲れたので中央郵便局近くの書店通りのこじゃれたカフェで一服。ドンコイ通りを歩いてホテルに戻る。

中央郵便局の内部
中央郵便局の内部。社会主義国らしく正面にはホー・チ・ミンの肖像画が掲げられている。コロニアル様式の建築で観光名所となっているが郵便業務も通常通り行われている。

夕食はクアンコム・ビンザン(地元民向けの大衆食堂の総称)に行こうと考えていたが,疲れたので手近な店に入る。バインセオを頼んだが,サーブが遅い上に量が多くちょっと失敗した。ハイバーチュン通りからドンコイ通りの雑貨屋を冷やかしつつ散策するが,どこも土産物の仕入れ元が同じらしく,似たような商品で食指が伸びず。陶器の店は比較的おもしろい品物があったが,割れやすいし荷物になるので断念。

結局,何も買わずにホテルに戻り,酒を呑もうと最上階のバーに行くとなぜかカントリーバンドが大きい音で演奏している。これでは落ち着かないので店に入るのをやめる。次にプールサイドのパティオにあるバーに足を運ぶと雰囲気はよいのだが野外ゆえ蒸し暑いので,ここにも入らず部屋に戻ってビールを呑む。

翌日は朝の便に乗るため6時過ぎにはチェックアウトして空港に行く必要がある。さすがに路線バスは心許ないのでタクシーを使うことにしたが,Uberだと安くあがるらしいので,アプリで6時にホテルから空港への送迎を予約する。荷物をパッキングした後,ビールを呑みつつ,まどろんで寝た。

※この項,更新予定あり。

[XX-08-2017]ベトナム(ホーチミンシティ)#2

※ 14-10-2017 更新
まだ夜も明けきらない早朝,大都市の街中なのにあちこちから雄叫びをあげる鶏の鬨の声で目が覚める。たぶん食用なんだろうな。

ブイビエン通り
ホテルの屋上から見下ろす早朝のブイビエン通り。

デタム通り沿いのツーリストオフィスに出かけ,昨日予約したメコンデルタ1日ツアーのツーリストオフィスに足を運ぶ。集合時間になったのでガイドの後についてファングーラオ通りを渡り,9月23日公園を通り抜けてルロイ通りに停まっているツアーバスに乗る。

90分ほどバスに乗り,ティエン川(メコン川)をラックミウ橋で渡った先で幹線道路から船着き場へ入り,中型の船に乗り換える。左右に椰子が生える水路に入り,途中何度か島で下船して売店,ココナッツキャラメル工場や養蜂場に立ち寄る。これらの店では土産物が紹介されるがそんなにしつこく物を売りつけられるわけではなかった。

昼食は現地ミトーの名物,カー・タイ・トゥオン(象耳魚の唐揚げ),カー・コー・ト(淡水魚の土鍋煮)などが出た。象耳魚は丸ごと揚げたもので,写真のように鱗が丸まっているのが面白い。アオザイ姿のお姉さんが野菜と一緒にライスペーパーで巻いてくれたものをニョクマムにつけて食べるが,淡泊な白身でなかなかおいしい。

カー・タイ・トゥオン
名物のカー・タイ・トゥオン(象耳魚の唐揚げ)とアオザイ姿のお姉さんたち。

前述の「土産物ポイント」間は椰子林の中の狭い小径を歩いて移動させられるのだが,そんなところにバイクがつっこんでくるのがベトナムらしい。

荷物を満載して突っ込んでくるオートバイ
未舗装の小径に荷物を満載して突っ込んでくるオートバイ。

馬車で村落を移動するアクティビティのあと,フルーツを食べながら現地の民謡歌手の歌を聴かされ,やっとこさジャングルクルーズの乗り場に到着。

村落の風景
馬車から見る村落の風景。農村部でも移動手段はオートバイが主流のようだ。
共産党のプロパガンダ看板
共産党のプロパガンダ看板。スローガンは「一緒に新しい田舎を建設する」という意味らしい。共産国ながらこの手の看板は旅行中あまり見かけることはなかった。

手漕ぎボートの船頭は婆さんなので,年寄りなのに大変な肉体労働だなと思っていると,離岸後しばらくしたらやにわにエンジンをかけ出した。モーターボートなら老婆でも大丈夫だろう。これまでの水路より川幅が狭い水路でのジャングルクルーズはいい雰囲気。まるでガイドブックに掲載されている写真のようだ。水路を抜けると中型船が停泊しており,船上でボートから乗り移る。再び乗船場に戻り,バスに乗り込んで往路と同じルートでサイゴンに戻る。

ジャングルクルーズ
モーターボートで行くジャングルクルーズ。

交通渋滞もなく,17時前くらいにデタム通りのツーリストオフィスの正面に到着し,ツアーは解散。いったん宿に戻って休憩し,夕食をとろうと出かけるが,車軸を流すような雨が降ってきたので,手近なフエ料理のチェーン店「Món Huế(モン・フエ)」に飛び込んだ。

フエはベトナム中部にある阮朝の都があったところで,宮廷料理の流れをくむフエ料理はサイゴンの料理とまた違う。モン・フエではビールを呑みながらコム・セン(蓮の実ご飯),バイン・ベオ(蒸してむちむちの米粉生地に干し海老を振りかけたもの)を食べた。前者は宮廷料理だけあってあっさりした上品な塩味に蓮の香りも相俟ってビールが進む。後者は甘い味付けに干し海老の強い香りが勝ってくるので魚醬のたれにつけて食べるが,たれも甘めなので,そんなに好きな味ではない。これだけ食べて183,000VDN(約900円弱)。ほかのメニューにはフォー(実はハノイ料理らしい)や汁そば,バイン・セオといった一般的なベトナム料理もあり,飲み物とのセットもあるなど明朗会計のチェーン店なので客は現地人だけでなく外国人旅行者にも敷居が低い。

モン・フエの店内
モン・フエの店内。外国人旅行者たちはサラダやフォーを食べながらビールではなく7upを飲んでいて,なんとなく食い合わせが悪そうに思えた。

店を出て,ブイビエン通りのバーで呑んだりするつもりが強い雨がやまず,店選びが面倒になって,そのまま宿に帰ってコンビニで買ったビールとつまみを呑んで寝る。

デタム通りとブイビエン通りの交差点にあるバー
デタム通りとブイビエン通りの交差点にあるバー。外国人旅行者目当てにこんな感じのバーが並んでいるが,値段は現地の相場からは若干高め。

※この項,更新予定あり。

[XX-08-2017]ベトナム(ホーチミンシティ)#1

※29-10-2017更新,24-03-2019 49番系統バスに関する注意

航空会社のリワードプログラムでたまったマイルで引き替えた特典航空券でベトナムのホーチミンシティ(現地では旧称のサイゴンのほうが通りがいいので以下サイゴン)に物見遊山に出かけることにした。ついでにサイゴンから陸路で半日あればたどり着けるカンボジアのプノンペンにも行ってみようともくろんだが,ベトナムへ再入国する際のビザの制限などを考えて断念した。

羽田を深夜に出発する便なので22時前に空港に到着,出国手続を済ます。ひとまずラウンジに入って休憩,しばらくすると小腹が空いたので機内持ち込みのスーツケースを預けてフードコートへ行き,軽く鉄火巻をつまんでビールを呑む。ついでに免税店ものぞいて土産物も調達し,ラウンジに戻る。

1時前に搭乗手続が始まり,乗り込む。深夜便なので酒を呑んで寝て終わり,のはずだったが,途中夜中にギーィギャアと大音量の奇声をあげて狂ったように泣き叫び続けるベトナム人幼児がいて寝付けない。親はあやしているのだが,やむ気配はなく客室乗務員が耳栓を配りにきたので,それをもらってなんとか寝た。朝食はクロワッサンにサラダと付け合わせ。白ワインで流し込む。

タンソンニャット国際空港に到着し,入国審査の列に並んでいるとやっぱりさっきの子供が奇声をあげて泣き叫び続けていた。どこか具合が悪いのかもしれない。ここはイミグレーションの後,税関の前にも免税店がある。税関では保安検査を兼ねて荷物を機械に通すだけで,とくに何かを訊かれるということはない。

タンソンニャット国際空港到着ロビー
入国手続後,税関を通る前の到着ロビー。小規模な免税店がある。

やる気のあまりなさそうな税関を通過し,到着ロビーに出たものの,まだ6時台なので開いている店も少ない。レートはよくないけれど、両替所で手持ちの現金をベトナムドン(VND)に両替する。Vittelが閉まっていたので,Mobifonのツーリスト向け30日間有効のSIMカード「way2go」を買う。国内通話60分込みのデータ通信無制限プランで,料金は250,000VDN(約1,200円。1JPY=約208VND)。依頼すると設定も係員がやってくれた。

ターミナルの車寄せにはタクシーの客引きや到着客でごった返しているが,出口を出て右に曲がった先にあるバーガーキングの前から横断歩道を渡り,バスブースに止まっている49番の黄色いマイクロバスに乗り込む。運転手に40,000VDNを払うとどこで降りるのか聞かれたので,先に路線図を撮影しておいたスマートフォンを見せながら9番で降りると答える。10分ほど待つと発車した。乗客は自分以外には日本人夫婦と中国人旅行客3人。

49番バスの路線図
49番バスの路線図。市民劇場へ行くならNo.5で下車する。

ドンコイ通りで日本人夫婦が降りた。空港からの路線バスは複数系統があるが,有名な152番系統のバスはドンコイ通りを経由しないので,中央郵便局や市民劇場付近で降車したいなら49番系統が便利(★)。前者は通常の路線バスだが,後者は空港利用者向けで停車する停留所が限定されていて,運賃も152番が5,000VDNなのに対して49番は40,000VDNと大きく異なる。もっとも,運賃が高いからと行って特別に豪華なバスがくるということもない。

注意 49番系統のバスは2018年6月で運行が休止されたもよう。
Tạm ngừng hoạt động tuyến xe buýt không trợ giá số 49(ベトナム語)
バス運行を一時停止(Google翻訳)

乗った49番系統のバスはベンタイン市場の前のロータリーを回り,地下鉄工事の影響か本来のルートとは逆にルロイ通りからファングーラオ通りに入ってバーガーキングの前で停車した。バスを降り,デタム通りからブイビエン通りを通ってホテルに着き,チェックインまでの間スーツケースを預ってもらう。

鳥籠の家
デタム通りを歩いていると,軒先に鳥籠をぶら下げた家から鳥のさえずりが聞こえてきた。

デタム通りとファングーラオ通りの丁字路の角にあるハイランズコーヒーに入り,ベトナムコーヒーで一服。ここは2階席だとコンセントもある。ブイビエン通りの1本南にあるチャンフンダオ通りから1番の路線バスに乗り,25分くらいで華僑の街・チョロンへ。運賃は5,000ドン。終点のバスターミナルで降りる。交差点はバイクでカオス。埃っぽい街に露店が並び,その横を掠めて凄まじい数のバイクが走る。

サイゴンは鉄道がないので外国人旅行客の移動にはタクシーがメインとなるが,網の目のように走る路線バスも本数が多く,使いこなすことができれば便利だが,ガイドブックなどでは利用方法があまり詳しく書かれていない。路線バスの利用法については別項にてまとめた(ベトナム(ホーチミンシティ)‐番外編 路線バスの乗り方)。

チョロンの交差点
バイクでカオスなチョロンの交差点
チョロンの露天街を走るバイク
露天を掠めて疾走するバイクの群れ

チャータム教会を覗き,グエンチャイ通りを中華街に向けて歩くが暑くてとにかく埃っぽい。コンビニエンスストアに立ち寄り,ビールとマスクを買い,イートインコーナーに入ってビールで喉を潤す。

チャータム教会
教会建築にシノワズリな四阿,左右の建物はコロニアル風のチャータム教会
コンビニのおすすめイートインメニュー
コンビニのイートインコーナーに貼ってあったおすすめメニュー。缶ビールが1本1.5万ドンくらいなのでどら焼き10万ドンは高めの値付け。

グエンチャイ通りをさらに東に歩き道教の華人寺・天后宮(ティエンハウ廟)を見学。ぶらさがっている巨大な渦巻き線香や屋根の彫刻など見所が多く,堪能した。

天后宮の門。
天后宮の正面。屋根の上の飾りが面白い。
天后宮の巨大な渦巻き線香。
天后宮の巨大な渦巻き線香。

バスターミナルに戻る途中に地元民のお客で賑わってる東源鶏飯に立ち寄り昼食にコム・ガー(鶏飯)を食べる。ぱらぱらするインディカ米の米飯とあっさりした蒸し鶏に専用のニョクマム風味のたれをかけるとうまさが倍増し,ビールとよくあう。

東源鶏飯の2Fから
2Fから見下ろす東源鶏飯の店内。1Fは座席だけでなく持ち帰り用の調理場もあるが,冷房が効いていないうえに調理場の熱がまわってくるので暑い。

ビンタン市場は工事中なので立ち寄らなかったが,市場に行かずとも通りごとに漢方薬や祭祀道具,生地などの専門店が軒を連ねていて,歩いているだけでも面白い。

チョロンの漢方薬屋。
チョロンの漢方薬屋。無国籍な風情が趣深い。

バスターミナルからまた1番の路線バスに乗り,サイゴンの中心街まで戻る。ぶらぶら歩いてに到着。中に入って衣類や雑貨,食料品をみてまわる。「アジアのいかしたTシャツ」はないかと探してみるが,どの店も同じ製造元と思われるパロディTシャツを並べていて代わり映えしないのでがっかりした。

ベンタイン市場の果物売り場
ベンタイン市場の果物売り場。ブロックごとに野菜や肉,衣類などと分かれている。

ホテルに戻ってチェックイン。部屋で荷物を解いてしばし休憩。周辺を散策するついでに翌日のメコンデルタツアーの申し込みをしようといくつかのツーリストオフィスをまわって値段を調べると,やはり日本人向けのツアーは倍以上かかる。加えて,旅行会社によっては1人客だと値段が跳ね上がるところもあるので,一見安そうに見えても注意が必要だ。ツアーの内容はどこも同じような構成なので値段がほどほど安くて老舗のThe Sinh touristで英語ガイドのツアーを申し込む。

夕食はホテル近くにあるファングーラオ通り交差点角の24時間フォー屋「Pho Quynh(フォー・クイン)」でビールを呑んでフォーガーを食べた。もりもりと香草を投入すると,日本で食べるフォーとまた違っておいしい。観光地価格とあって値段は若干高め。ホテルの周辺にはバーや飲み屋が軒を連ねているが,例の深夜便のせいで睡眠不足気味なので,飲みに行くことなく近くのコンビニ,Kマートでビールを買って部屋で飲んで早々に寝る。

※この項,更新予定あり。

サイゴン(ホーチミンシティ)に行ってきた

 またも有効期限切れが近づいてきたマイルを消化するため海外見物に出た。前回は澳門と香港だったので,中国以外の都市をマイレージプログラムのチャートと夏休みと空席状況を見ながら検討した結果,中華文化とメコン文化と植民地時代のフランス文化が微妙に混じり合うベトナムのホーチミンシティ(現地では旧称のサイゴンのほうが通りがいいので以下サイゴン)に行くことにした。
 ついでにサイゴンから陸路で半日あればたどり着けるカンボジアのプノンペンにも行ってみようともくろんだが,ベトナムへ再入国する際のビザの制限などを考えて断念した。
 ともあれ,ベトナムはなかなかおもしろいところで,今度はサイゴンだけでなく中部のリゾート地などもあわせて再訪してみたい。
※ 詳細は[08-2017]ベトナム(ホーチミンシティ)#1にて。

[24-08-1997]中国 #9 ‐ 上海

朝,黄浦公園を散歩することにした。東風飯店を出て中山東路の西側(公園の反対側)を北に向かって歩いている途中,2軒の包子屋があり,1軒のほうからとても美味しそうなにおいがしたのでその店で「朝食の前にかるくおやつでも」と2つ買った。地下道を通って中山東路をくぐり,公園で試しに1つ食べてみたところかなり美味しい。急いで引き返し,さらに買い増しして朝食の代わりにすることにした。1つ5角〜1.5元くらいだったように思う。2軒の店をよく観察すると,やはり美味しい店のほうがよく繁盛していた。

ホテルに戻り,チェックアウトを済ませる。午後便に乗るので,午前中は南京路でぶらぶら買い物やら散歩でもすることにしていた。碧山老師と大きな「百貨大楼」に向かい,そこのコインロッカーに荷物を預けた。上海ではコインロッカーはまったく見かけないので,おそらく設置してあるのはここぐらいなものだろう。鍵は日本のそれと異なり,荷物を入れコインを投入してボタンを押すと,7桁の「密碼」(暗証番号)が記されたレシートのような小片が排出される。荷物を取り出すときは暗証番号をテンキーで入力すると扉が開く仕組みとなっている。鍵そのものが盗まれたり,鍵を偽造して他人の荷物を盗む輩を警戒してのことだろう。

ここで,碧山老師と11時ころに再び落ち合うことを決め,ばらばらの行動をとることにした。日本でもあまり見かけることのない三菱電機が開発した曲線のついたエスカレーターを下り,街路に出てぶらぶらと歩く。土産物に現地のたばこを買ったり,CDを買ったりした。中でもおもしろかったのが,上海市第一医葯商店で,ここは漢方薬から西洋医学,はたまた医療道具や健康用品まであらゆるものがそろっている「健康のデパート」みたいなところだ。ありふれたモノではない気の利いた土産物をと思い,ここで人間の頭の模型に鍼灸のつぼと経絡を記してある「頭針模型」とそれの耳版である「十耳模」を買った。「十耳模」は赤いポウチに入っており,どこでも携帯することができる(笑)。

この上海市第一医葯商店は昔ながらの代金の支払い方で,一旦購入する物品とその数量を「発票」してもらい,それを支払いカウンタに持っていく。代金を支払うとそれに領収印を押されるので,再び販売カウンタに持っていくと商品が手渡される。さて,ついでに「よく眠られるおくすり」でも買おうと筆談で求めるが,売ってくれない。処方箋が必要なのか,販売していないのかよくわからないが,ひとまずあきらめて,店を変えて普通の薬局で「我欠眠。求薬為快眠」と紙に書いてみせると,フランス製のアモバンを売ってくれた。価格は2つ買って70元と高額だが,日本での手間を思えば安いものだ。他には書店や百貨店などをひやかした。百貨店では中文表記のWindows95のインストールされたパソコンが展示してあった。

買い物(といっても前述の通り,妙ちきりんなモノばかりだが)や,ぶらぶら歩きを終え,件のコインロッカーの前に到着した。碧山老師もやってきたので,さて荷物を取り出そう,と7桁の「密碼」を入力するが,なぜか扉が開かない。「!!」と何度も暗証番号を入力するが開かない。しからば,ともう一度硬貨をいれて新しい暗証番号を取得し,再び新しい暗証番号を入力するが開かない。このままいくと下手をすれば飛行機に乗り遅れてしまうのでは,という不安が頭をよぎる。碧山老師と「もし乗り遅れそうになるようだったら,放っておいて先に空港に行く」ことを打ち合わせる。通りがかった警備員に筆談で故障である旨を伝えると,警備員もそのコインロッカーのことは管轄外であるらしく,どこかに消えたと思ったら鍵束を持ったデパートの女性服務員をつれて来てくれた。女性服務員が鍵を回すと見事にロッカーが開いた。どうも荷物を詰め込みすぎたらしい。日本のコインロッカーだと,引き手を持って扉を引っ張って開くのだが,このコインロッカーは自動で開くようになっていて引き手がなく,こうした場合外からの開けようがないらしい。礼を言って百貨店を出て,リムジン乗り場まで早足で行った。

上海虹橋空港に到着し,搭乗手続きをする。それにしても空港利用税90元は法外に高い。手続終了後は時間が余ったので土産物店などを冷やかすが,商品自体は大したことはない割に市中に比べべらぼうに高い。手持ちの人民元をすべて使い切ろうとするが,うまく細かい金が使えずほんの少し余ってしまった。時間になり日本航空JL794便に搭乗し,帰国の途につく。日本に到着してまず最初に感じたのは「よきにつけ悪しきにつけ,なんとヌルい空気なんだろう」。発展途上の中国人民のような活気はないし,いつモノを盗まれるかわからないといった緊迫感もない。

協力:碧山老師。
Special Thanks: KATSURAGI, Ichiro(氏の旅行記を参考にして旅行のプランをたてました)。