l’experience d’acide

 マッド・サイエンティストのジョン・C・リリー博士が昨年9月に死去していたとは。ずいぶん昔に某所で野中英紀とリリー博士が話をしているのを見かけたけど,その時点でもうよぼよぼだったからなあ。だいたいあのじいさん,ジャンキーだったし。合掌。
http://rs.pod.tv/movie.htm ←なぜこの人が? という疑問がないわけでもない。

 吐き気をやり過ごして寝ころぶと,部屋のスポットライトが妙に明るく感じるとともに,床と腕が融合する感じがする。感覚が鋭敏になり,音楽にあわせてさまざまなものが見えてくる。テクノをかけると,次第にプラネタリウムぽい明るいきらきらする星座のようなものやナスカの地上絵のような模様が部屋の天井に浮かびはじめる。目をつむってガムランを聞くと南国の王家での王位継承を巡るいざこざが浮かんでは消えるといった「ビジョン」も見えた。BPMの早いモノだと攻撃的な気分になり,メロウな曲だと体が溶けそうになるなど曲調によってかなり影響されるようだ。だんだんと「意識の拡大・変容」がはじまるのを実感する。
 やたら部屋がクリアで明るく,広い感じ——ハイビジョンで見るような解像度の高さ――を受ける。視床下部に直接影響するからだろう。不思議な高揚感がする。部屋の隅には雲に乗った来迎仏が現れ,『イエロー・サブマリン』のDVDをセットすると,メニュー画面の光の輪の向こうにとてつもない幸福感があるようだ。本編にはいるとまわり一面に茸がにょきにょきと生えだして,頭から胞子を振りまき,時間感覚が喪失する。異常に愉快で時間が猛スピードに過ぎてゆく。
 一転,バッドに入る。意識の変容はプラス方向にもマイナス方向にも作用する。社会に二度と戻れなくなる疎外感を味わう。
 
 かくして数時間の意識の世界への旅行は,学生時代の研究でいろいろな書物をひもといてきた知識の大きなうらづけとなった。途中でも意識と自分の肉体との関係性を問うたりはしてみるものの,どうどうめぐりになって,最後は大きな波に押し流されてしまう。フロイトの「不安神経症」と似た感覚でもあるかも。
 宗教儀式なんかではグル(導師)が「悟ったらこんなに気持ちいいぞ」と新入りをあっちの世界に連れていくわけだけど,やっぱり新入りなもんで途中でコントロールできずに彷徨ってしまう。そこをグルが導いてやるので,まさに「導師」。まあ,追悼で『アルタード・スターツ』でも見るかな。

“C’est pour cela que je ne peux pas me passer d’acide”――LAUGH-GAS (細野晴臣)