ぶんがくん

第14回 三島由紀夫『美徳のよろめき』


■放送日時:'94年8月9日24:35
■文學ノ予告人:鈴木清順
■Cast:
節子:水島かおり
土屋:椎名桔平
■予告編でのキャッチコピー:
恋はあまりにも、一人芝居だった。
文学史上他の追従を許さぬ耽美主義の傑作!!

■名科白集:
二人は体の上に焼けたパンの粉を平気でこぼし、銀の珈琲ポットの熱さにあわてて脇腹を引っ込めたりしながら朝食をとった。

それは決して、かつて節子の空想をあれほどに悩ませた淫らな食事ではなかった。むしろ子供らしい無垢な朝食だったと云っていい。

「私ってもう、体なんて要らないくらいだわ」と節子は真情を、下手な表現で語った。

女が一等惚れる羽目になるのは、自分に一等苦手な男相手でございますね。

私は全身であなたを想い、私の涙はあなたのために流れ、私の頭はあなたのことで一ぱい、私はつくづく人間の弱さを味わいます。

苦悩などという言葉を、もう信じないようにしなくてはならない。きのうまで、それは生活にとって必須の言葉であった。今日はもう要らない。

あなたが思っていらっしゃるより、私って自由なんだわ。

女は女の鑑(かがみ)にはなれません。いつも殿方が女の鑑になってくれるのですね。それもつれない殿方が。

この方の肉体的なためらいは、私を今まであれほど苦しめて来たものと同じもの、つまり道徳的な潔癖さのおかげなんだわ。

それを男の人は奇妙な羞恥心で隠そうと努めるのね。いじらしいこと!

女は恋に破れた女に同情しながら、そういう敗北者の噂を広げるのがたいそう好きで恋に勝ってばかりいる女のことは、「不道徳な人」という一言で片附けるだけなのでございます。
■名場面:
◆節子と土屋が軽井沢で不倫旅行をしている場面。 (新潮文庫 p.66〜67)
◆節子が喫茶店で土屋の女性関係へ話を及ぼす場面。 (新潮文庫 p.117〜122)

■登場人物ノ紹介:
・節子。
 節子は28歳。平和で明るい「美徳」に満ちた藤井家の長女である。▼親の勧めのまま倉越家に嫁ぎ、男の子を生む。▼男の野心や仕事への情熱などは、節子にとってはなんの価値もない。▼金のかかるお洒落と、育ちが作り出す言葉遣いこそ、男の魅力。▼そんな節子の美徳を揺るがせたのが、土屋。節子は肉欲に目覚める。

・土屋。
 節子と同じ28歳。結婚前の節子と避暑地で知り合う。▼痩せて引き締まったからだで、少し崩れたお洒落を好む。▼映画女優とも交際するほど交遊は広い。節子もそんな女の一人。▼節子の方からアプローチされ、逢瀬を繰り返す。▼節子に旅行に誘われ、初めて肉体関係を持つ。▼節子に別れ話を切り出されても、至極、冷静に受けとめる。

■作品ノ解説:
・美徳のよろめき。
 昭和32年『群像』に連載、単行本はその年のベストセラー第2位。▼「よろめき」という言葉が流行語となった。▼不倫願望を抱く人々を「よろめき族」などとも呼んだ。▼この小説の下敷きは、ラディゲの「ドルジェル伯の舞踏会」である。▼だが、ラディゲの主人公は節子とは違って「よろめく」ことはない。▼この小説の刊行後、三島は宇野千代と対談し、「あなたは、よろめいたことのない人ね」とたしなめられる。

■解説の先生:
「解説の先生」は「官能の世界に溺れて」いる妙にすけべな先生。

■今週ノ問題:
三島由紀夫「美徳のよろめき」本文ノ中ニ「徳」ト云フ字ハ何回出テクルカ?
 ■使用された音楽
使用された場面 予告編
アーティスト ガブリエル・ヤーレ
曲名 「Betty Et Zorg」
収録アルバム CD『ベティ・ブルー オリジナル・サウンドトラック』
メーカー・型番 SLCレコード/BMGジャパン [SLCS-7048]
予告編・選曲リスト協力:片岡K事ム所・phge031a@hmt.toyama-u.ac.jp

 ■所感・その他
 土屋役の椎名桔平がメジャーになったきっかけがこの番組だと私は思う (以前から映画にはちょくちょく出ていたが)。やはりぱっと見たとき、何とも言えない存在感があった。この番組以降、椎名桔平はNHKの朝の連続テレビ小説に出演し、それがきっかけとなり民放のドラマにも出演するようになった。
 さて、節子は水島かおりが演じているが、なんか原作の雰囲気とは異なり、これはミスキャストのように思う。


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