ぶんがくん

第9回 田山花袋『蒲団』


■放送日時:'94年6月21日 (火) 24:35
■文學ノ予告人:山口美也子

■Cast:
時雄:清水昭博
芳子:浅野麻衣子
父:二瓶鮫一
田中:日村勇紀
妻:後藤久美
姉:栗田雅子
■予告編でのキャッチコピー:
恋はあまりにも、不道徳だった。
文学史上“近代”をもたらした自然主義の快作!!

■名科白集:
初めて恋をするような熱烈な情は無論なかった。盲目にその運命に従うと謂うよりは寧ろ冷やかにその運命を批判した。

あつい主観の情と冷めたい客観の批判とが絡り合わせた糸のように固く結びつけられて、一種異様の心の状態を呈した。

悲しい、実に痛切に悲しい。この悲哀は華やかな青春の悲哀でもなく、単に男女の恋の上の悲哀でもなく、人生の最奥に秘んでいるある大きな悲哀だ。

行く水の流、咲く花の凋落、この自然の底にわだかまれる抵抗すべからざる力に触れては、人間ほどはかない情けないものはない。

女子ももう自覚せんければいかん。昔の女のように依頼心を持っていては駄目だ。

ズウデルマンのマグダの言った通り、父の手から夫の手に移るような意気地なしでは為方がない。

私は女…女です…貴方さえ成功して下されば私は田舎に埋もれても構やしません。

小説で立とうなんて思ったッて、とても駄目だ、全く空想だ、空想の極端だ。

先生、私は決心いたしました。聖書にも女は親に離れて夫に従うと御座います通り、私は田中に従おうと存じます。
■名場面:
――芳子の帰りを時雄が待っている場面。(新潮文庫 p.35〜39)
――時雄・芳子・芳子の父・田中の四者会談の場面。(新潮文庫 p.71〜76)

■登場人物ノ紹介:
・時雄。
 36歳の小説家。熱烈な恋愛の末に結ばれた妻との間に子供がある。▼かつては、竹中古城という名で美文的小説を書き、崇拝者も随分多かった。▼しかし小説に行き詰まり、地理書の編集で生活の糧を得る。▼三人目の子が出来た頃、弟子入りを志願する芳子の手紙に心が動く。▼芳子に田中という恋人が出来たことを知って懊悩する。▼外面的には「温情なる保護者」の立場を堅持しながらも嫉妬を抑えきれない。

・芳子。
 岡山県の名家の娘で神戸女学院に学ぶ18歳。文学に憧れ時雄に弟子入りする。▼神戸じこみのハイカラな身なりで、男友達とも臆せず交遊する新時代の女性。 ▼時雄の妻に嫉妬され、妻の姉の家に預けられる。▼芳子には相思相愛の恋人・田中が出来る。▼京都嵯峨で田中と過ごすが、その恋が神聖な物であることを誓う。

・田中。
 同志社の学生で22歳、神戸教会の秀才。芳子と出会い熱烈な恋に落ちる。▼芳子の影響でキリスト教を捨て、自らも文学を志して上京する。▼芳子との結婚を望み、密会を重ねる。

・父。
 文学で身を立てたいという娘の情熱を理解し、時雄に託す。▼時雄のしらせで田中のことを知り上京。芳子を岡山に連れ戻す。
■作品ノ解説:
・蒲団。
 『蒲団』は明治40年、雑誌『新小説』に発表された。▼前年に発表された島崎藤村の『破戒』と並ぶ自然主義小説の代表作。▼花袋は尾崎紅葉率いる硯友社にいたがこの作品で自然主義の作家に転身した。▼芳子のモデルは、花袋の弟子だった岡田美知代という女性である。▼自分の体験を赤裸々に描いて話題を呼んだ。▼しかし「体験小説=小説の神髄」というドグマを生んでしまったともいわれる。

■解説の先生:
 どもりがちで、恥ずかしがりや、かつあがり性の先生。「時間は大丈夫ですか」と時間を気にする割には最後、時間切れになってしまう。
■今週ノ問題:
田山花袋「蒲団」本文ノ中ニ、促音ノ「っ」ハイクツアルカ?

■使用された音楽

使用された場面 予告編
アーティスト 中村由利子
曲名 「あの日のように (Comme Ce Jour)」
収録アルバム CD『アトリエの休日』
メーカー・型番 フォーライフ [FLCF-3501]

予告編・選曲リスト協力:片岡K事ム所・phge031a@hmt.toyama-u.ac.jp



■メモ
 前回の最後での「課題図書ノ発表」では安部公房の『箱男』とされていたが、なぜか『蒲団』に変更され、「サブタイトルが変更になったことをお詫びします」との字幕。今回よりオープニングが前回に引き続き若干変更となった。従来のアニメーションを使ったタイトルとキャラクター表示 (文學ト云フ事ページのバックグラウンドのもの) から、CGを使ったものに変更された。サブタイトル変更はこのオープニングの手直しに起因するものか。

 とかいんちき書いていたが全くピントはずれで、実は本来オンエアすべきだった『箱男』の著作権継承者 (おそらく安部公房令嬢の真能ねり氏?) から『箱男』の映像化に難色が示され、急遽『箱男』の放送延期、差し替えが決まったそうである。だもんで、『蒲団』はオンエア日の前日に1日で撮影・編集されたとのこと。作品解説のところで解説の先生が何回も「じ、時間は大丈夫ですか」とやたらと時間を気にして、相方の女性が「大丈夫です、納品まで時間はたっぷりあります」というのはそういうことなのである。実際、納品はかなり際どいタイミングだったようだ。(98/08/30 補足)

さらに補足。放送の当日、深夜12時 (オンエア1時間前) にフジテレビに納品されたらしい。

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