ぶんがくん

第8回 田中英光『オリンポスの果実』


■放送日時:'94年6月14日 (火) 24:35<

■文學ノ予告人:原ひさ子

■Cast:
坂本:村島亮
秋子:中山博子
内田:星野衣厘
秋山:浅見真公人
沢村:服部祐介
村川:堤一之進
■予告編でのキャッチコピー:
恋はあまりにも、幼稚だった。
文学史上究極の告白日記小説

■名科白集:
ぼくはあのひとが好きでたまらない。

此の頃のぼくはひとりでいるときでも、なんでも、あのひとと一緒にいる気がしてならない。

ぼくの呼吸も、ぼくの皮膚も、息づくのが、すでに、あのひとなしには考えられない。

それでいて、ぼくはあのひとの指先にさえ触ったことはないのだ。むろん触りたくはない。触るとおもっただけで、体中の血が、凍るほど、厭らしい。なぜだかはっきり言えないが。

どこが好きかときかれたらぼくは困るだろう。

それほど、ぼくはあのひとが好きだ。

男は女が自分に愛されようと身も心も投げだしてくると、隙だらけになった女のあらが丸見えになり堪らなく女が鼻につくそうです。

あなたと語り合うことは、恐ろしく、眼を見交わすことが、楽しく、黙して身近くあるよりも、ただ訳もなく一緒に遊んでいるほうが嬉しかったのです。

ぼく達の愛情は、肉体の露わに見える処に、あればあるほど肉体的でない、まるで童話 (メルヘン) の恋物語めいた静かさでありました。

あなたは、いったい、ぼくを好きだったのでしょうか。

■名場面:
――初めて坂本と秋子が出会う場面。(新潮文庫・p.21〜p.23)
――秋子のことでボート部の先輩に冷やかされる場面。(新潮文庫・p.80〜p.83)

■登場人物ノ紹介:
・坂本。
 20歳のW大学の学生。からだがでかいことだけを買われてボート部に入部する。▼愛読書は啄木の詩集。オリンピックで渡米する間も片時も離さない文学青年。▼同じ選手団の中にいた、同い年の熊本秋子に一方的な思いをよせる。▼アメリカから帰国後、左翼運動に走り、中国大陸に出征。▼最期を覚悟した時に、秋子宛の手紙を書く。

・秋子。
 高知県出身のハイジャムプの選手。N体専の学生で、記録は1メートル57。▼健康さが、ぷんぷん匂う清潔さに坂本は一目惚れする。▼帰りの船中でフィンランドのコーチと噂が立ち、窮地に追い込まれる。▼卒業後は、中国地方または九州辺りで、女学校の体育教師を務めたらしい。

・内田。
 ハアドルの選手。秋子と仲良しで、船の中でいつも手を繋いで行動する。▼猫のようなコケティッシュな魅力溢れる歳には似合わない色気の持ち主。▼卒業後は、有名なスポオツマンと結婚した、という。

■作品ノ解説:
・オリンポスの果実。
 昭和15年に『文學界』に連載。作者が師と仰いだ太宰治の推薦であった。▼作者自身も、早稲田のボートクルーの一員としてオリンピックに参加した。▼実兄の影響で共産主義に熱中、だが党の方針にあわずに脱落する。▼女も政治も、まさに片思いの人生だった。▼そんな不器用な彼を師の太宰は『お伽草子』でカチカチ山の狸として描いている。▼太宰が死んでから1年後、太宰の後を追い、墓前で自殺する。

■解説の先生:
 これぞ青春!という森田健作ライクな体育会系の先生。掛け合いをする女性に「君も本ばっかり読んでないで、運動しなきゃ」と言うのは傑作。
■今週ノ問題:
田中英光「オリンポスの果実」本文ノ中ニ、「、」ハ、ノイクツアルカ?

■使用された音楽 (判明分)

使用された場面 予告編
アーティスト エルトン・ジョン
曲名 「僕の歌は君の歌 Your Song」
収録アルバム CD『グレイテスト・ヒッツ Vol.1』
メーカー・型番 マーキュリー・ミュージックエンタテインメント / D.J.M. [32PD-252]
 

■メモ
 この回から番組のいろいろ微妙な点が変更される。
 オープニングに「文學の命は、文体である。何人たりとも冒してはならぬ。」の5秒ほどのCGが加えられ、「名科白集」の文字のサイズが1行あたり16字から12字へと大きくなり、名場面での科白・卜書きの文字サイズも大きくなった。
 話自体に特筆すべき点はないが、エンディングの路面電車内の撮影は、都電を借りて行われ、私の知り合いの女性がエキストラとして吊革を持って出演している。彼女曰く、井出薫嬢はやはり美人、とのこと。同性の評価だけに重みが違う。
 ちなみに、作者・田中英光については、私の持っている国語便覧によると「太宰亜流の作品を書き彼の墓前で自殺」とある。「太宰亜流」というのは事実にせよちょっと気の毒に思う。

 補足の情報。『オリンポスの果実』を撮影したのは横浜港の氷川丸。現在は碇泊したままになっている。物語の重要な要素、杏の実は実は枇杷だったらしい (笑)。ボートのシーンは学習院大学のボート部の協力により埼玉県戸田市の戸田漕艇場で撮影したとのこと。学習院大学出身の知人に聞いたところ、「ボート部? そんなのあったかなあ」という回答だった…。

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