ぶんがくん

第10回 安部公房『箱男』


■放送日時:'94年6月28日 (火) 24:35
■文學ノ予告人:原ひさ子
■Cast:
葉子: 緒川たまき
箱男:長谷川大作
A・贋箱男(二役):遠山俊也
■予告編でのキャッチコピー:
恋はあまりにも、無垢だった。
文学史上、最も先鋭なる前衛官能小説(アヴァンギャルド・ポルノグラフィー)!!

■名科白集:
人間は毛を失ったから、衣服を発明したのではなく、裸の醜さを自覚して衣服で隠そうとしたために、毛が退化してしまった。

それでも人々が、なんとか他人の視線に耐えて生きていけるのは、人間の目の不正確さと、錯覚に期待するからなのだ。

なるべく似たような衣装をつけ、似たような髪型にして他人と見分けが着きにくいように工夫したりする。

価値がないことは分かっていても、ガラスの中で屈折してきた光には不思議な魅力があるものだ。思い掛けなく、別な時間を覗き込んだような気分にさせられる。

人はただ安心するためにニュースを聞いているだけなんだ。

ズボンなんだよ。ズボン……ズボンさえちゃんとしていれば、なんとか世間にまぎれ込める……はだしに、上半身裸でも、ズボンさえはいていればかまわない……

それが逆に、いくら新品の靴に上等の上衣でも、ズボン無しで街を歩いたりしたら、それこそ騒ぎだろう。文明社会というのは、一種のズボン社会なんだな。

見ることには愛があるが、見られることには憎悪がある。見られる痛みに耐えようとして、人は歯をむくのだ。

しかし誰もが見るだけの人間になるわけにはいかない。見られた者が見返せば、今度は見ていた者が、見られる側にまわってしまうのだ。

小さなものを見ていると、生きていてもいいと思う。雨のしずく…濡れてちぢんだ草の手袋…

大きすぎるものを眺めていると、死んでしまいたくなる。国会議事堂だとか、世界地図だとか…

■名場面:
―Aが箱男になっていく過程。(新潮文庫 p.14〜20)
―贋箱男の病院で箱男と贋箱男が出会う場面。(新潮文庫 p.99〜110)

■登場人物ノ紹介:
・箱男。
 元カメラマン。自分が撮った写真に写っていた箱男を追ううちに本物になる。▼空気銃で撃たれ、その傷の手当てに訪れた病院で、看護婦戸山葉子と出会う。▼葉子に5万円で箱を譲ってくれるよう持ちかけられる。

・贋箱男。
 贋箱男は、医者。箱男を空気銃で撃ったのは彼である。▼看護婦の葉子とは内縁関係。葉子に箱男の箱を買うように仕向けたのも彼。 ▼実は医師免状を持たない贋医者。戦時中の上官、軍医殿の名を借用している。

・軍医殿。
 海岸で変死体となって発見される。死体には注射の跡があった。▼実は戦地で麻薬中毒になり、贋箱男の病院で、箱男として暮らしている。

・ショパンの父。
 ショパンの父は、息子の結婚式に箱を被ったまま、馬の代わりに馬車をひく。▼息子の立小便を恥じ、公衆便所が溢れる都会へ行こうと誘う。

・葉子。
 モデルをしていたほど美しい足を持つ。看護婦として贋箱男の病院に勤める。▼箱男から5万円で箱を買うが、受け取らずに、海に流すように望む。▼贋箱男の命令で何度も裸になるが、元来見られることが好きである
■作品ノ解説:
・箱男。
 昭和48年3月に、新潮社から書き下ろし長編小説として出版された。▼安部公房は常に世界的な前衛小説のトップランナーだった。▼その安部が昭和40年代自らのテーマに捉えたのが「悪夢のような都市」。▼「箱」は都市こそ現代人の避けられない運命、と捉えた作品である。▼安部は、農耕民族的なじめじめとした情念が支配する社会を嫌っていた。▼彼にとっては、都市こそ、国境を越える足場なのだ。

■解説の先生:
 「解説の先生」はなんでも「箱でーす」と済ましてしまい、『箱男』を「箱男の箱男による箱男のための小説。」と勝手に定義付け、看護婦の「葉子」を「ハコ」と読み、「隣の箱はよく箱食う箱です」とほざく「箱男」。
■今週ノ問題:
安部公房「箱男」本文ノ中ニ、「箱」ト云フ言葉ハイクツアルカ?

■使用された音楽

使用された場面 予告編
アーティスト 細野晴臣
曲名 「ノルマンディア Normandia」
収録アルバム 『コインシデンタル・ミュージック Coincidental Music』
メーカー・型番 テイチク / Monado [TECN-15337]

■メモ
 「箱男」の気持ちが良く分からないという予告人・原ひさ子、「私もしばし箱婆さんになってみましょう」と箱をかぶる。おまけに後ろのキャラクター人形にも箱をかぶせていた。
 また、緒川たまき嬢に関して言えば、この回の看護婦「葉子」役の雰囲気が私は好きだ。
 補足。かつて寺山修司ファンだった片岡K氏は「コレを寺山さんに映像化してほしかった」と寺山修司へのオマージュとして『箱男』を撮ったそうだ。さらに、当初は葉子役の緒川たまきが「脱ぐ」予定だったそうだが、直前になってK氏の気が変わってお流れに。

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