le gastronomique de chien


#2

1-2 犬肉食の文化

1-2-2 支那

1-2-2-1 歴史

 支那における犬食の歴史は古い.3500年前に栄えた黄河流域の仰韶の遺跡にある獣骨の中では,豚と犬の骨が多く,これらの肉が日常的に食されていたことが分かる(7).

 春秋戦国時代には獣肉にランク付けがなされており,国君は大牢(8)として牛を,大夫は小牢として羊を食べ,士は犬または豚を食していた.犬のほうが肉の等級が上であった(9).さらに,当時は王の食膳を管理する食官の長である膳夫の管轄の範囲として「膳用六牲」(10),すなわち,馬・牛・羊・豕・犬・鶏と犬肉が含まれていた(11).また『礼記』の「月令」によると「孟秋之月,天子食麻与犬」と,皇帝も犬を食べていたことがうかがえる(12).当時,犬は個体数が多く容易に入手可能であり,また味覚の点からも比較的上級のものとされ,一般的に食用にされていた.

 『史記』の「鴻門之会」は,劉邦が項羽に殺害されそうになったときに劉邦の部下である樊@が,身を挺して劉邦を救ったできごととして有名である.『史記』の「樊〓滕灌列伝」は,この樊@についての伝記であるが,そこでは勇猛な武将であった樊 の素性が記されている.劉邦の部下となる以前の樊 の職業は「樊〓者沛人也.以屠狗爲事(13)」と犬の屠殺業であったことが記されている.すなわち漢の時代に下ると,犬専門の屠殺業者がいたほど犬を食べることは一般的であったのである.

 一二七一年に蒙古族のフビライ汗が都を燕京に移し,国号を元を定めた.元の時代を境に,華南地方を除いて犬食の習慣は減ってしまっている(14).これは恐らく,元来遊牧民であり,羊を中心とした肉食の習慣を持つモンゴル族が支配階級となり(15),なじみのない犬食の習慣を忌避したと考えられる.さらに当時は

「北宋末の朱或の『萍洲可談』卷二に,廣州の蕃坊(外人居留地)に在住する蕃商の食事について,至今蕃人.徂 (ほんとうはにんべん) 不食猪肉而己.…至今蕃人非手刄六畜則不食,と記してある.こは當時蕃坊在住の外商の多數がイスラム教徒たることを明示する屈竟の證據と思ふ.…故に彼等は一般に異教徒の屠殺したる肉類を食前に上すことを躊躇する」(16)

と,通商などの目的で居留するイスラム教徒も多く,またこの元朝の時代は,色目人と呼ばれるイスラム教徒が朝廷で重用されるなど全盛であり,イスラム教の食物禁忌である犬を,食べる習慣が忌避されたのも原因であるといえよう.

 この後,文書による犬食の記録は,元代には飲膳大医である忽思慧が記した『飲膳正要』にある.これの「犬」の項目には「味鹹,温,無毒.安五臓,補絶傷,益陽道,補血@(さんずいに永),厚腸胃,実下焦,填精髄…犬四脚蹄煮飲之」と絵入りで詳細に記されている(17).その他は,北魏の『斎民要術』や明の『本草綱目』以外はほとんど見当たらず,下等な食料と見られるようになったようである(18).しかし,食用にするため品種改良されたチャウチャウ犬が1789年に広東から東インド会社の手によってイギリスに渡り,世界に広がったことから,広州地方においては犬食は依然盛んであったとみてよい.さらに,華中の安徽省出身の李鴻章が全権大使として渡英した際に,イギリスの首相からのプレゼントであったシェパードを食べてしまったという話(15)から,揚子江以北で犬食がなされていた可能性も高いと推測される.しかし,1928年にはヨーロッパ文化の流入により,北京では犬食の禁止令が出されることとなった.

1-2-2-2 現在

 支那の半分以上の地域においては犬食の習慣はあまり見られなくなった.現在でも犬を常食としているのは香港島,海南島を含む広州地方や雲南省とその周辺である.ただし,香港は広東地方であるにも拘らず,犬を愛玩用として見て偏愛するイギリス人が宗主となったため,動物愛護令により犬食が禁止されてしまった.

 現在でも犬を常食としている広州地方は,「食在広州」と謳われており「脚のあるもので食べないのは椅子と机,翼のあるもので食べないのは飛行機だけ」と評される広東人は野生の動物や犬猫の類いの料理を称して「野味料理」と呼んでいる.この野味料理が好まれる理由は三つある.

 第一の理由は薬効である.支那の「医食同源」や「薬食一如」といわれる食事思想によると,日常の食物である家畜類よりも野生動物の方が薬効が高いと考えられているからである.前掲の『飲膳正要』においても「五臓を安定させ,傷や血を補い,胃腸に働き,精力を補填する.また犬の蹄と子犬を煮た汁が産婦の乳の出をよくする」(20)と薬効を謳っている.

 第二に,牛や豚などの普通の肉類とは異なった特別の野味の風味を求め,上等の嗜好品として食べるという点.そして最後に,もともと犬などは,ごく日常的な料理素材として取り入れられてきており,大衆食品として値段も安く市中に出回っているからである.以下は広州清平路自由市場での1斤 (500g) あたりの肉の値段.1983.3調べ(21).

※野味動物の価格の比較
菓子狸 (ハクビシン) 8.00元
3.00元
豚 (上肉=赤身) 2.50元
2.00元
狗 (犬) 1.80元

 また,犬を食べる頻度であるが,広東人によると,犬肉は体を温める冬の食べ物であり,冬場には一月につき四〜五回食べる(22)という.広東人以外の人で一度食べた人によると「效果は覿面で,身軆中がぽかゝして來て一晩中エネルギーのやり場に困」る程(23)であり,「ラムのような味」(24)という.

 すなわち,支那人にとって犬肉は風味よく,滋養にあふれ,しかも安価であるという有用な食肉であり,われわれが短絡的に感じるような「下手物」とは全く趣を異にしていることがいえよう.

 さらに,食用にされる犬の種類である. 「…軍用犬,警察犬以外の犬ならどんな犬でも食べ」るが,「『不吃老狗幼猫』といって年寄りの犬はまずい.犬は15〜20kgぐらいのものが食べ頃」で「黒犬がいい」(25)とされている.また,広東には「子狗老猫」という諺があり,食用の犬は子犬が主体である.飼育一年で重さ約12kgのものが脂ものって柔らかく,最適であるとされている(26).また,米飯で飼育した生後半年ぐらいの犬がよい,とする地方もある(27).

 基本的に犬は肉の部分が少なく,その上老犬の肉や筋は壮犬に比して固いので,若い犬が好まれるようだ.また,黒犬を美味とする根拠は『本草綱目』にある「黄犬爲上,黒犬,白犬次之」の記述(28)によるものと思われる.しかし,『飲膳正要』では「黄色犬肉尤佳」と黄犬を最上級に評価しており(29),評価は一定ではない.

1-2-2-3 調理方法

 犬肉は「鹹,酸」すなわち塩辛く酸味があり,「温(=蘊)」体が温まるとされており(30),特有の臭いがあり香肉と呼ばれている(31).

 まず,犬の屠殺方法と処理を見てみよう(32).

 1) 棒で犬の脳天を強く打って昏倒させ,次にのど近くに鋭い刃物をさして幅約3.6cmの穴を開け,腿をつかんでぶら下げ,頭を下にして放血する.犬を桶の中に入れ,80度の湯に約8分つけてから,手で毛をきれいにむしり取る.続いて包丁で気管の下の腹部を開き,まっすぐ尾のところまでさいて内臓を取り出し,腹の中をきれいに洗う.次に頭を割り,全身の骨を取り除き (脚の骨は残す),熱湯に約4分つけて(強火なら2分でよい)取り出して乾かす.
 2) 犬の内臓 (肺は不要) を全部きれいに洗い,腸はスープさじ二杯の塩でよくもみこすり,さらに水でさらし洗いし,器に入れる.
 3) 赤く焼いた焼きごて2本で犬の皮を焼きこすり,こげたら水にひたして包丁でひととおりこそげ,ふたたび水に入れてきれいに洗う.約5分間水気をきって,水草またはなわでしっかりしばって犬の形にする.
 4) 鍋の水をわかし,犬の肉・頭・内臓をすっかりつけて約15分ゆでたら内臓を取り出し,分けて器に盛る.頭と犬はさらに火力を強すぎも弱すぎもせず約35分ゆでて取り出し,つるして乾かす.犬の頭は骨を取り除き,スープはとっておいてあとで使う.

 このように肉の臭みを除去する下ごしらえを行う.また,解体の際に出る犬の腸を料理の付け合わせにするため,同時に茹でて処理をする.ただし,豚のように腸詰めにはしない.

 広東料理で犬を用いたものの代表的なものとして,次の二つがあげられる(33).

◆冬茹 (〓如ではなく姑) 清燉狗肉「ドォングゥチンドゥヌゴウロウ」《犬肉と椎茸の蒸しスープ》
作り方
 犬の肉を約2.4cm長さ,1.5cm幅の「塊」に切り,器に入れて「汾酒(山西省汾陽県産の高粱酒の一種)」を入れ,よく混ぜて五分漬けておく.もどしたしいたけは石づきを取り,犬の肉と一緒に「燉盂<本当は上が中で下が皿> (湯煎用の器)」に入れて熱湯を加える.次に「燉盂」ごとせいろうに入れ,とろ火で三時間燉(ドゥヌ=蒸す)し,砂糖,化学調味料,塩を入れ,さらに10分「燉」してできあがり.
 犬の肉を食べるときはレモンの葉のせん切りまたはとうがらしのせん切りと海鮮醤(練り味噌状の調味料)を添えるとよい.

 この料理の特色として,スープはさっぱりして肉は柔らかで,濃厚な香りがし,口あたりがよい.冬の栄養補強料理である.

◆上鼓爛(門構えの中は心)狗肉「シァンチメヌゴウロウ」《犬肉の豆鼓入り煮こみ》
作り方
 1)犬の肉は2.4cm長さ,1.5cm幅の塊に切り,器に入れて汾酒を加えて,よく混ぜ合わせる.しょうがの皮をむき,包丁でかるくたたきつぶす.にんにくの葉は四・五センチ長さに切り,かるくたたいておく.
 2)土鍋を強火にかけて熱し,油,しょうが,にんにく,犬の肉を入れて10分爆(バオ=強火で炒める)する.次に「上鼓」を入れ,さらに五分「爆」して犬の肉と骨のスープ,砂糖,化学調味料を入れ,まず強火で,ついでとろ火で25分爛〓<火篇に靠>(メヌ・カオ=煮こむ)してできあがり.レモンの葉の細かいせん切り,生のとうがらしのせん切り,海鮮醤をつけて食べる.

 この料理もやはり味が濃厚で栄養に富み,冬の栄養補強料理として食される.

このほかにも,
 a.折骨生燉狗−犬鍋.胡麻と味噌をいれて食べる.噎せ返るような臭いが特徴.レタスをいれて食べる.
 b.香堯仙下凡−料理名は臭いに誘われて仙人が凡人の世界に降りてくる,という意味.椎茸の傘の上に犬肉と貝柱の挽肉を乗せて蒸す.胡椒を多量に用いる.
といった料理が挙げられる(34).他にも炒め物などにも用いられる.


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