ぶんがくん

第5回 森鴎外『雁』


■放送日時:'94年5月25日 (水) 25:45
■文學ノ予告人:森本レオ
■Cast:
末造:桜金造
杉子:井出薫
岡田:袴田吉彦
親爺:宮田光
婆さん:松浪志保
松源の女中:五十嵐五十鈴
お常:栗田雅子
女中:扇京子
小僧:松島亮太
梅:清水美幸
娘:小川桂
娘:遠藤香奈

■予告編でのキャッチコピー:
恋はあまりにも、すれちがいだった。
文学史上最も痛切な青春のノスタルジー!!

■名科白集:
女には、欲しいとは思いつつも買おうとは思わぬ品物がある。

あなたに言って聞かせて置くのですが、女と云うものは時々ぶんなぐってくれる男にでなくっては惚れません。好く覚えていらっしゃい。

親が子を見ても、老人が若いものを見ても、美しいものは美しい。そして美しいものが人の心を和らげる威力の下には、親だって、老人だって屈せずにはいられない。

わたくしこれで段々えらくなってよ。これからは人に馬鹿にせられてばかりはいない積なの。豪気でしょう。

一体女は何事によらず決心するまでには気の毒な程迷って、といおいつする癖に、既に決心したとなると、男のように左顧右眄しないで oeilleres を装われた馬のように、向うばかり見て猛進するものである。
oeilleres:(仏) 馬車の目隠し革

人を騙すよりは、人に騙されている方が、気が安い。なんの商売をしても、人に不義理をしないように、恩になった人を大事にするようにしなくてはならないぜ。

■名場面:
――末造とお玉が「松源」で初めて顔を合わす場面。 (新潮文庫・p.28〜p.30)
――お玉の家の鳥かごに入った蛇を岡田が取り除く場面。 (新潮文庫・p.88〜p.94)

■登場人物ノ紹介:
・お玉。
 お玉は20歳。飴細工の屋台をひく父と二人でひっそり暮らしていた。▼貧しいながらも娘を溺愛していた父は三味線を習わせ、身綺麗にさせた。▼お玉は巡査と結婚するが、実は妻子があることが発覚しお玉は身投げを図る。▼その直後に末造から「話」が持ちかけられ、承諾。無縁坂での生活が始まる。

・岡田。
 東京大学で医学を学ぶ。血色がよくがっしりした体格の美青年。▼散歩の途中、湯帰りのお玉と出会う。以来、窓越しに会釈を交わす間柄に。▼女性は、ただ美しいもの、愛すべきものとしか考えていない。▼ベルツ教授の推薦で、ドイツに留学することが決まっている。

・末造。
 もともとは東大の小使だったが、学生相手の金融屋から高利貸しとなる。▼お常という女房がいるが、お玉が16、7の時から目をつけていた。▼お玉には高利貸しであることを隠すが、ばれた時からお玉の心は離れてしまう。
■作品ノ解説:
雁。
 明治44年9月から雑誌「スバル」に連載された。▼3年に渡り断続的に連載されたが、精緻で計算された構成を持つ名作である。▼鴎外は日露戦争に軍医部長として従軍。一時筆を折る。▼だが、帰国後次々と作品を発表する夏目漱石に影響され、創作意欲に駆られた。▼鴎外自身の姿が、学生の岡田と金貸しの末造にそれぞれ投影されている。▼青春の可能性を肯定する漱石とは対照的に、青春を過去のものとしている。▼その背景には自身が「舞姫」で告白したドイツ女性との恋の顛末がある。

■解説の先生:
「あっちの生活が長かった」外国かぶれの(?)先生。トニー谷のように外国語をチャンポンにして、「お玉」のことを「ボールは末造のラ・マァンになったわけだね」と呼び、「背景には自身が『舞姫』で告白したドイツ女性との恋の顛末があった」については、「ヘイ、バックボーン、ジャーマン・レディ ブロークン・ハート ブロークンハァッート。シーユー・アゲン」との解説 (?)。この後、『青年』の回に再びさらなるハイ・テンションぶりで登場する。
■今週ノ問題:
森鴎外「雁」本文中ニ、「」ハ、何組アルカ?

■使用された音楽


使用された場面 予告編
アーティスト 不明
曲名 不明
収録アルバム CD『「心の旅」サウンドトラック』
メーカー・型番 東芝 EMI
/EMI [TOCP-6900]
使用された場面 名場面
アーティスト フェビアン・レザ・パネ
曲名 エリック・サティ作曲「グノシェンヌNo.1」
収録アルバム 『ニュー・エイジ・ミュージック・ツイン・ベスト (New Age Music Best Selection)』
『アルクイユの春/エリック・サティ作品第二集』
メーカー・型番 アルファレコード/Alfa [ALCA-202~203]
アルファレコード/Alfa [32XA-134] (いずれも廃盤)


■メモ
 この回だけ細かな点で他の回と異なるところが多い。CM入りとCM明けのQカット曲が違う。また「名科白集」での使用フォントが違い、その時のBGMがオルゴールと琴のようなアレンジに変更されている、etc.. このBGMのアレンジは「第3回読書感想文スペシャルに向けての読書感想文募集」の告知時にも使用された (補足。この回は K氏が音楽を担当せず、すべて音効さんの成岡氏が担当したとのこと)。
 末造を桜金造、お玉を井出薫、岡田を袴田吉彦がそれぞれ演じたが、どれもはまり役であった。とくに高利貸し・末造に桜金造を持ってきたのはなかなかのものだと思う。

 補足の情報。ここで登場する無縁坂は理想的な坂がなく、「合わせ技」で作られたそうだ。確かに、実際の無縁坂はマンションが立ち並ぶ平凡な坂になってしまっており、あの雰囲気のかけらもない。
 そこで、文京区のいくつかの小さな坂と、上野の路上 (平らな道) を組み合わせて作ったというわけらしい。お玉が岡田に挨拶する坂と、蛇退治をしたり、岡田が帽子を取ってお玉に挨拶する (帽子を取って挨拶する袴田吉彦の演技に対して、放送終了後某大学の文学部教授よりクレームがあったそうだ。「あの当時、男が女に挨拶をするときには帽子を脱がん」とのこと) 長屋のカットでは全然違う場所であることがはっきり見て取れるだろう。その長屋の前でルーズのカットを撮ろうとするとどうしても背後にビルが見えてしまうので、カメラ前に葉っぱを出して必死に隠したそうだ。また、撮影は都内の旧綿谷邸というハウススタジオでも行われたそうだ。

 さらに補足。名場面でのサティの「グノシェンヌNo.1」はいろいろ聞いて探していたが、実は意外なところに答えがあった。『ニュー・エイジ・ミュージック・ツイン・ベスト』はアルファレコードお得意の「ベスト盤商法」であるが、YEN レーベルのインテリアの曲が数曲入っている、という理由だけで買っていた (インテリアも廃盤になって入手が非常に困難だったため) のだが、実はここに入っていたのである。ただし、このインテリア、日向敏文、フェビアン・レザ・パネ三人のコンピレーションと、その元になったアルバムの双方とも発売されていた枚数は少なく、また即廃盤になったようなので入手するには丹念に中古レコード店を回るしかないだろう。

←Previous文學ト云フ事のページに戻るNext→

目次に戻る


yen.raku@gmail.com