1975(昭和50)年3月末,“腸捻転ネットの解消”を目的に日本の放送史に残るネットワークチェンジが行われてから45年が経過した。
あらまし
当時の東京・大阪間のテレビネットワークは,JNN系列がTBS(東京放送)-ABC(朝日放送),ANN系列がNET(日本教育テレビ,現テレビ朝日)-MBS(毎日放送)だった。新聞資本から見ると,東西で朝日系と毎日系がねじれた形でテレビネットワークを組んでおり,これを俗に“腸捻転ネット”と呼んでいた。かなりおおまかにいうと,朝日新聞と田中角栄が資本関係に沿った形で現在のようにTBS-MBS,NET(ANB)-ABCとネットワークを整理させたのが“腸捻転ネットの解消”。
参考:
‐ JNN系列時のABCニュース(エンディング)
‐ ANN系列時のMBSニュース
基幹局のネットワーク構成
1975年3月30日まで
JNN | ANN | |
---|---|---|
北海道 | HBC 北海道放送 | HTB 北海道テレビ |
東京 | TBS 東京放送 | NET 日本教育テレビ |
名古屋 | CBC 中部日本放送 | NBN 名古屋テレビ放送 |
大阪 | ABC 朝日放送 | MBS 毎日放送(※) |
福岡 | RKB RKB毎日放送 | KBC 九州朝日放送 |
(※)MBS 毎日放送は東京12チャンネル(現テレビ東京)とのクロスネット局。
1975年3月31日から
JNN | ANN | |
---|---|---|
北海道 | HBC | HTB |
東京 | TBS | NET(※) |
名古屋 | CBC | NBN |
大阪 | MBS | ABC |
福岡 | RKB | KBC |
(※)NETは後のテレビ朝日(ANB)。
ネットワークチェンジ後の当事者
当時,JNN系列はラ・テ兼営の地域一番局を中心に25局で構成されていたのに対し,教育専門局だったNETをキー局とするANN系列はクロスネット局を含めても約3分の1の8局。“5社連盟”からスタートし,JNN系列の礎をTBSと築き上げた老舗の矜持からも,いわんや経営的にも話を呑めないABCはいろいろ条件を出して朝日新聞に抵抗したが,外堀を埋められた格好となりいわば格下のNETと組まされる結果となった。下世話な話でたとえると,将来を誓い合っていた名家同士のカップルが,親の政略で引き離され,格下の貧しい家と縁組みさせられる——といったイメージだ。ABCは上場していたので,当然株主は朝日新聞だけではない。業績が悪化するのが分かっていて特定の株主の思惑だけでネットワークチェンジを迫るのは,現在なら株主代表訴訟ものの事案だろう。
ネットチェンジ後,編成をめぐる意見の相違もあったとはいえ良好な関係だったTBS-ABCは,ラジオでのネットワーク(JRN)をそのまま継続していることもあり,現在も相互に株式を持ち合っている。ABCのアナウンサーがJRN・JNNアノンシスト賞のラジオフリートーク部門やCM部門で最優秀賞を受賞するなど,その他のJNN基幹局含めて現在も引き続き関係は良好のようだ。
参考:
‐ 株式会社TBSホールディングス 2021年3月期有価証券報告書
‐ 朝日放送グループホールディングス株式会社 2021年3月期有価証券報告書
‐ https://corp.asahi.co.jp/ja/info/info-2914759909191909311/main/0/link/20100516.pdf
‐ @tkitamura_sp https://twitter.com/kitamura_sp/status/1011925235430330368
‐ @taryajis https://twitter.com/taryajis/status/653514586977472512/photo/1
さて,むりやり組まされたNET-ABCは,当然ながら関係はぎくしゃくしていた。ABCからみると,教育専門局でしかも開業はABCより後発のNETは明らかに格下。視聴率のとれるNET発の番組は少なく,ネットチェンジ後は長らく営業成績もずいぶん落ち込んだ。
その後,朝日新聞・テレビ朝日はバブル経済期の民放テレビ全国四波化政策に乗っかり,いわゆる“平成新局”の開局でANN系列を完成させる。
とはいえ,25年ほど前,ANN系列の基幹局に勤務する人に話を聞いたが,当時は系列局でもテレビ朝日(ANB)よりABCを格上と見ており,「とにかくANBは頼りない」とANBよりABCのほうが信頼されていたようだ。とりわけ西日本の系列局はABCを慕い,「ABCの話なら従って聞く」といった雰囲気だったらしい。
一方,それまでNET・東京12チャンネルとのクロスネットだったMBSはというと,営業力をつけて地方局へ積極的に自社制作番組の販売を行い,NETとは折り合いがよくないこともあって,経営難だった東京12チャンネルを傘下に収めて自らがキー局になるという野心的な構想もあった。
TBSとの提携によりテレビ放送開業時の希望をついに果たしてJNN系列入りしたものの,比較的TBSの統制が効いたネットワークという一変した環境も相俟って,こちらもどうも折り合いはあまりよくなさそうだ。なお,MBSはそのころの経緯から現在もテレビ東京ホールディングスの発行済み株式総数の1.85%を保有する大株主となっている。
参考:
‐ 株式会社テレビ東京ホールディングス 2021年3月期有価証券報告書
‐ miyearnZZ Labo「安住紳一郎 代打・福島暢啓アナウンサーを絶賛する」
また準教育局だったMBSは,NETの学校放送をネット受けしてきた経緯から,ネットワークチェンジ後も1992年までテレビ朝日主導の民間放送教育協会(民教協)に加盟し続け,テレビ朝日発の『親の目子の目』など民教協番組のネット受けをしていた。
現在,TBSはかつての黄金期に比べると落日の状況で,それに引き替え総合局化して社名も変更したテレビ朝日は現在好調を維持し,ABCにとっても結果オーライだったかもしれない。とはいえ,この件で思い通りの結果になったのは電波政策に成功した朝日新聞とネットワーク強化がかなったテレビ朝日の2者で,これ以降新聞資本による系列化がいっそう推進されたことを鑑みると,当事者だけでなく放送界にとっては苦い結果になった一件だったといえる。