さだまさし考

 とある日,深夜にテレビをつけるとNHKでさだまさしのトーク番組が流れていた。このトーク番組,深夜ラジオっぽく演出した単発の生番組で,以前にも数回見かけたことがあったが,見るたびに「なぜ,さだまさしはこんなにNHKに食い込んでいるのか」と疑問が生じてくる。土曜日のゴールデンタイムに笑福亭鶴瓶と一緒に「家族に乾杯」だかなんかをやっているのを時折見かけることも相俟って,「なぜさだまさしなのか」という点が喉の小骨のようにひっかかっていた。

 さだまさしといえば,中学生時代に何かのおりに担任の教師に自宅まで自家用車で送ってもらうときに,彼のライブがカーステレオから流れていたのだが,やたらMCがお笑いトークに傾斜したもので――筆者はたいしておもしろいとは思えなかったのだが――オーディエンスにバカ受けしてたのが妙に記憶に残っている。高校生時代にさだまさしがDJをつとめる深夜ラジオ「セイ!ヤング」をたまたま何かの折に聞いたところ,あまりに内輪を向いたゆるいトークに,常連客がカウンターに陣取ってマスターと親しげにしゃべっている飲食店に偶然入ってしまったような居心地の悪さを感じたものだった。そのほか,華やかな紅白歌合戦で「防人の唄」を歌って,会場と視聴者を暗い雰囲気に沈めたり,「さだ研」なるものが筆者の出身校含め各地の大学のサークルにあったり――というエピソードの積み重ねが筆者の中でさだまさしをかなり微妙なテイストをもった存在として位置づけていた。

 時は移り,坂本龍一(以下S龍)が「電脳戯話」なD&Lツアーをやったころ――1995年くらいにS龍の公式BBSが開設された(現存せず)。当然ながらそこは今ならさしずめ「あそこはマンセーばかりだから」と言われるような感じで「教授,応援してます」といったような投稿に埋め尽くされていた。そんななかに投げ込まれたのが,「ヌルいぜ。さだまさしのファンクラブじゃねーんだから」(大意)という勇気あるポストだった。もちろん,そのポストは参加者からは反発を喰らい,S龍からは「遠吠え犬」とのコメントを引き出した。

 そのころのメイルはロストしてしまったので正確なことははっきりしないが,筆者はその投稿子に意気を感じたのでメイルを送り,いくばくかの間知己を得るようになったが,S龍のBBSにさだまさしを持ってくる絶妙のセンスと,筆者が感じていた居心地の悪さの理由をクリアにしてくれた投稿子はただものではないと当時思ったものだった。

 その周辺の話はいろいろあるが長くなるので割愛するが,ともかく「さだまさし」という固有名詞にはそういったヌルい空気のようなものがつきまとっている印象がぬぐえない。彼が熱烈なファンの間から「まっさん」と呼ばれているのもその一因かと思う。「トークのうまいフォーク歌手」というジャンルを見渡したとき,エロを自家薬籠中のものとしてた谷村新司の「チンペイ」,鈴木宗男だけでなくアンダーグラウンドとも交流が深いといわれる松山千春の「チーさま」とはまた違うヌルい距離感はさだまさし特有のものだろう。

 さて,そのまっさん――ファンでもなんでもない人間にとって居心地の悪さを感じるには十分すぎる呼称ではあるが,ある日新聞の全面広告をみて驚いた。「ライブでのまっさんのトークばかりを集めたCD全集」を販売するというのだ。しかも,CD十数枚組くらいで価格は数万円という重量級のセットで,だ。思わず中学生時代の担任の顔を思い出してしまった。「まっさん信者」は見えないけれど,確実にいるらしい。

 断っておくが,筆者はさだまさし自身に対してはなんの思い入れもなく,貶めようという気もさらさらない。冒頭に戻ると,つまりNHKにも「まっさん信者」がいて,その人間が番組編成においてそれなりの発言権を持つ地位についているのかなあと思ってみたりするのだが,それより「まっさん的なヌルさ」が積極的ではないにせよこれほどまでに広汎に支持されているというのは意外だった。学校や職場の周りにも隠れた「まっさん信者」は多いのかもしれない。

[追記]
 07年年末から08年年始にかけて,NHKのさだまさし偏重ぶりは驚かされた。あまりテレビは見ないのだが,紅白歌合戦には出るは,そのまま続いて大晦日の深夜に生番組を持つはと目についた。三が日もなにかの番組に出てた気がする。おまけに電車の中吊り広告にもフューチャリングされていた。いったいNHKになにが起きているのだろう。