[11-11-1995]琉球・台湾 #12‐蘇澳・淡水・台北

※この項,追記予定あり。
早朝,花蓮から蘇澳に移動。蘇澳からは臺鐵の特別急行にあたる自強號に乗車し,一路臺北を目指す。あいにく満員で無座(立席)だった。臺北に到着後,バスで古い港町・淡水へ。

途中,開通前だった臺北捷運のMRT淡水線の工事現場を横目に見ながら1時間程度で到着。スペイン人が建ててオランダ人の手に渡った紅毛城,さらに隣接する真理大學の理學堂大書院(Oxford College,牛津學堂)を見学。薄曇りで淡水河に沈む夕日は見られなかったのは残念。

真理大學の理學堂大書院
真理大學理學堂大書院の遠景。ジャージ姿の高校生らしい数人が建物の前で遊んでいた。

再びバスで臺北に戻り,われわれの「旅行の最終宿泊地は豪勢に」というセオリー通り,來來香格里拉大飯店(現・台北喜來登大飯店,シェラトン・グランド台北)にチェックイン。メンバーの誰もクレジットカードを持ってきていなかったので日本語で「あなたたち,誰もカード持ってない?!」と多額のデポジットを払う羽目になった。広い部屋を予約していたので客室は快適。休憩後,ドアマンにおすすめの中華餐庁を教えてもらい,車寄せからタクシーで向かう。

デポジットのおかげで予算に厳しい縛りができたのであまりたくさん注文できなかったものの,鮑の酒蒸しと燕の巣は絶品。一品あたりの分量も多かったのもあって,満腹に。全員とも満足してホテルに戻った。

[10-11-1995]琉球・台湾 #11‐太魯閣峡谷・花蓮

※この項,追記予定あり。
朝,昨夜確認したバス停から,台湾を東西に貫く中部横貫公路(東西横貫公路)をひたすら東進する1日1便の長距離路線バスに乗る。現在,この路線は短縮されて台中からは出ていない。

バスは市街地から徐々に山間へと入る。山間部のバス停で手を上げて待つ老女を無視して猛スピードで通過したのにはおもわず友人達と顔を見合わせた。便数が少ない路線なのにずいぶんな話だ。温泉場の谷關を経由し,果樹の栽培で有名な梨山で休憩のため一時停車した。

長距離路線だけにいろいろな乗客がいる。途中梨山で乗車してきた老婆がわれわれに「あなたたち日本人?」と日本語で訊いてきた。話をすると彼女は若い時分に家政婦として神戸で勤務したことがあり,その際に雇い主に厚遇されていたよい思い出があり,日本語を耳にして楽しかった当時を思い出したのだと言う。とりとめのない会話のあと彼女が下車する前,懐かしい思い出に浸れたお礼にと梨山名物の梨と5,000台湾ドルを小遣いとして渡してくれた。梨はともかく現金は固辞しようとしたものの,ぜひ受け取ってくれと強く言われてありがたく頂戴した。

別の男性乗客は周囲の乗客にいろいろ話しかけているがみな無視をしていた。その前に着席している若い女性へたびたび話しかけ,女性は迷惑そうだった。男性はルパン三世のような顔つきや言葉の感じから少数民族と思われた。

建設中に200名以上が命を落としたと言われる難工事で開通した中部横貫公路は,少しでも運転を誤れば崖下に転落しそうな断崖にへばりつくような片側1車線の道路にもかかわらず,バスはけっこうな速度で走り抜ける。

中部横貫公路の断崖
バスの車窓からうかがう中部横貫公路の断崖。谷の向こう側に落石除けが見える。(友人撮影)

天祥で下車し,周囲を散策。それから数時間太魯閣峡谷沿いに歩く。観光客に死者が出るような落石事故がたびたび発生する難所だけあって,切り立った崖は絶景。

太魯閣峡谷その1
切り立った太魯閣峡谷に転がる巨石。左下の黒い丸が中部横貫公路のトンネル。

燕子口付近の断崖を鑑賞し,靳珩橋からふたたび路線バスに乗り,花蓮市街へ到着した。

太魯閣峡谷その2
異常なまでに切り立った太魯閣峡谷。谷の深さと幅の狭さが見て取れる。