[19-08-1997]中国 #4 ‐ 大理・下関

かつての大理国の中心だった旧大理市は例に漏れず城壁に囲まれていたので南北にそれぞれ城門がある。
南門から眺める市街地。

招待所を出て,大理南門に登楼し大理をあとにする。マイクロバスに乗り下関へ行き,大理飯店前から6路バスに乗ってアルハイ公園に行く。5角。公園の售票所で例のごとく紙幣を投げ,現地人料金で入園する。

アルハイ。後ろには蒼山連峰がそびえる。
水上生活者。別の国のものと思うが、このような船が国立民族学博物館に展示してあった。
漁民が小海老やしらすのような小魚をとっている。

アルハイは静かなみずうみで,耳の形をしていることから〓(さんずいに耳)海と書く。みずうみに沿って遊歩道があり,10分くらい歩いていると水上生活者がいたのでカメラに収めておいた。小舟で網を投げて漁をする漁民もおり,水揚げした小魚を岸辺で干していた。

20分ばかり歩いて丘の上に上がると猿山などがある動物園になっており,1980年代の高橋幸宏似の男性を見かけ,おもわず笑ってしまった。再びみずうみのほとりに戻ると,おどろおどろしい惹句の見せ物小屋のようなものがあるので入ってみるが,錦蛇が水槽の中にいたり黴毒患者の写真が貼ってあったり,蜥蜴や亀がいるだけのお粗末なものであった。同じように好奇心満載で入った支那人も「なんだこりゃ」といった風情で,唯一得たものと言えば水槽の隙間から漏れ聞こえてくる錦蛇の呼吸音を生まれて初めて聞いたくらいである。失意の中,出口に向かって歩いていると,昨日大理の招待所で会った日本人の青年と再会。次は成都に行くのだと言う。門を出ると,碧山師が「おい,あそこに狗肉ってあるぞ」と汚い食堂を指した。

狗汁を食べた後で再び下関市街にもどり,軽く昼食でもとろうということになったが,適当な食堂が見つからない。近代的で清潔そうなパン屋でパンを求め,貴重な冷たいジュースを買って公園で食べた。公園では平日の昼間であるというのに青年の男性の姿が目に付いた。掲示板に人民解放軍の活動が紹介してあったが,そのなかに麗江の大地震の災害救助の写真があり,煉瓦の下敷きになった牛の写真なども載っていた。麗江は当初,今回の旅行のコースに入っていたが,大地震があった後の情報が不足していることや,日程的な関係で結局行かずじまいになったところである。

バザール通り

公園を出て,バザール通りを冷やかしながら歩く。ここでも人民服が売られているものの売っている店は少ない。道を曲がり,食肉市場と鮮魚市場と日用品市場が一つの建物になっている市場に入る。この市場はかつてはきれいな建物であったようだが,すぐに汚くなってしまったようだ。エスカレーターも閉鎖されているし,1階にある噴水も水はなく物置と化している。昼過ぎとあって,活気はさほどないものの,やはり人は多い。食肉市場に入ると臭いが鼻をつく。屠られた豚が解体されテーブルの上に並べられており,テーブルの下には豚の内蔵が無造作に放置されていて蝿がたかっている。支那ではどこで食べても豚肉の料理は肉のうまみがあって感服したが,このように冷凍せずにすぐに市場で買って来て料理するからだろう。もっともこの国には衛生観念はあまりないようなのでその点には留意する必要はある。

大理白族自治州博物館。大理国や白族の展示があったような記憶がある。

時間が余ったので再び6路バスに乗り,大理白族自治州博物館に赴く。いろいろ見て回っている最中だったが閉館時間だと言われ,退出する。市内に戻り,夕食を一番まともそうなホテル,金鵬大酒店の中餐庁でとる。味はおいしいのだが辛いのには閉口した。おまけに取り皿をもらおうとしたら,同じ品をもう一皿持って来られ,胃がはちきれそうになってしまった。ウェイトレスはみな美人で,少数民族系の血がそうさせるのか,ここに限らず雲南省にはたまにはっとする美人がいる。

昆明行きの寝台バスに乗り込むが「満員になったら発車」の原則でなかなか発車しない。客は少数民族や怪しげな連中で,なにやらバスも汚いし臭い。バスターミナルに止まっている他のバスはどんどん出発するのに,なかなか動こうとはせず,ここでもまた高橋幸宏に似ている乗務員が「同志(トンジー)!」と客引きをするがいっこうに客は来ない。結局定刻より3時間半遅れくらいで出発した。走行中,異常音と共にバスがエンストし翌朝までに昆明に着かぬのでは,と危惧したが数分の停車後に再び発車したので事なきを得た。全くツイていないバスだった。