草月ホールでの電子音楽の夏

 ふたつ下のメモで書いた話の続き。初めて聴く黛敏郎「素数の比系列による正弦波の音楽」は,これを音楽というべきかどうか迷ってしまうほど実験の範疇にしか思えないまさに前衛作品。ただ,古いテープ作品ということもあって,ヒスノイズが耳障りなのが残念だった。「ミュージック・コンクレートのための作品《X,Y,Z》」はきちんとした音響設備で聴くと,耳に気持ちよく今までとは違った感銘を受ける。商品化希望。
 武満徹の「テープのための《水の曲》」では曲に合わせ観世のシテ方が仕舞を舞う演出。能は極度に抽象化を推し進めた前衛的な舞台芸術なので,この手の音楽にぴったり合う。あと,まったく期待していなかった坂本龍一の「個展」は,一柳慧や湯浅譲二などの先駆者と比べてもかなりまじめにがんばっている感じでgood。

[追記]
 この時点で,黛敏郎,諸井誠,シュトックハウゼンの曲が収められている『音の始源(はじまり)を求めて―塩谷宏の仕事―』が発売されており,後日筆者も入手することができた。

カトリーヌ・ドヌーブと中村雅俊

 『シェルブールの雨傘』のリバイバル上映を見に行ったとき,あの有名なテーマ曲を聴いてどこか別のところで聞いたことのあるメロディだなあと思っていた。その後,中村雅俊の長男が大麻所持かなにかで逮捕されたときに中村雅俊の「ふれあい」が流れてきて,サビの部分にかかった瞬間「ん,これってシェルブールの雨傘では…」。サビが全労済のテレビCMで使われていて記憶の底に残っていたらしい。