映画の予告編

 映画の予告編は「この映画を見に行きたい」と思わせるための重要なツール。のはずが、どうも最近紋切り型の予告編が増えているようが気がしてならない。特に多いのが、邦画の感動系予告編。森本レオっぽい落ち着いたささやき系の声で、「この夏、感動のストーリー。」といった陳腐なナレーション、雨の中女性が泣くシーンや登場人物の人名を絶叫するシーンがお約束。おまけに主題歌は自分の半径2メートルだけの幸せを願うようないきものがかり臭いありがとう系の曲が多いのでイヤになる。

ふたつの曾根崎心中

 下のエントリに続いて古典芸能の話題。昨年,「曾根崎心中のお初といえば鴈治郎」ということで,坂田藤十郎のお初,中村翫雀の徳兵衛で国立劇場へ曾根崎心中を観に行った。

 藤十郎のお初は当たり役だけあって,特に天満屋の段でお初が縁の下に潜んでいる徳兵衛に心中の覚悟を問う場面――お初の素足を縁の下に潜んでいる徳兵衛が喉に当てるところ――なんかはぞくぞくする色気がある。翫雀は義経千本桜の四ノ切(川連法眼館の段)で狐忠信を演じた(初役だった)のを見たときにニンが違うといえばいいのか,もっさり感があって違和感が強かったのだけど,曾根崎心中では生玉神社前の段で九平次らにからまれてしょんぼりするあたりはまさに徳兵衛がそこにいるかのように思えて,こちらもまた当たり役だと実感。

 で,その次の月に文楽で曾根崎心中がかかるというので,比べてみようとまた国立劇場に足を運んだ。鑑賞教室だったこともあり人形遣い・大夫とも人間国宝の出演はなかったものの,徳兵衛の主遣いは桐竹勘十郎(お初じゃない!)でこれはこれで得した感じ。で,文楽のお初はというと,人形なのにこちらも色気がすごい。徳兵衛もやさ男で,のしかかってくる苦悩がこちらに伝わってくる。九平次との大立ち回りでは人形遣いが交錯しないのはさすが。不思議なことに話にのめり込んでくると,人形遣いが消えてみえるんだなあ,これが。

 ということで,歌舞伎と文楽,甲乙付けがたいけど,演出含め好みとしては文楽かな。あと,最後のシーンは文楽では徳兵衛がお初に刃をたてて自らも死ぬが,今回の歌舞伎では心中の一歩手前で幕となる結末となっていた。このへんは見る人の好みが分かれるかもしれない。