[18-08-1997]中国 #3 ‐ 大理

寝台バスは朝6時に下関のバスターミナルに到着した。最初はどこに到着したのかわからずトイレ休憩かと思ったが,どうやら終着らしい。白人が現地人と話をしているのを横で聞くと,大理ではなくその手前にある下関のようだ。合併したため,現在は行政区分でいうと下関は大理市になるのだが,一般的には大理の旧市街(行政区分は大理古城)と区別して下関と呼ばれている。4路バスを20分ほど乗り(1.2元),大理に到着。ここはかつて大理国の都で,城壁都市の名残から街の入り口に城門がある。ビルマ(ミャンマー)国境からは約150kmしかなく,ほとんど支那という雰囲気ではない。

まず,宿を探す。ガイドブックなどには紅山茶賓館がよいと紹介されているが,KATSURAGI, Ichiro氏の手になるウェブの旅行記(現存せず)で紹介されていた楡安園(No.4 Guest House)にチェックインする。ここは中庭があって静かで環境がよい。われわれより先に交渉している白人は高くてきれいで広い部屋に決めたようだ。こちらはドミトリーは避けたかったので,ツインはないかと聞くとあるとのことでここに宿を決める。

部屋に案内してもらうと,ベニヤ張りの壁に新聞紙と模造紙を張っただけの粗末な部屋だったが,なにせツイン1部屋につき1泊50元(約700円)という値段なので文句は言えない。盗難防止のため備え付けの机に鞄を鎖で縛り付け――もっとも鞄そのものを裂かれては無意味ではあるが――朝食でもとろうと外に出た。フロントのそばで係員となにか交渉している東洋人がわれわれに「日本人ですか」とたずねてくる。聞けば日本人学生で,1か月近く支那を周遊しているらしい。沙坪のバザールへ行くので一緒に行きませんかと言われ,とりあえず朝食をとりに行くのでその後でと返答。

大理古城の朝市遠景。

街をぶらぶら歩いてみるが,出勤する人や路上のあちこちで野菜などを売る露店が出ており,活気がある。ある角を曲がると朝市が開かれており,野菜や解体された豚なども売られていた。露店で包子(パオズ)を1つ6角(1元=10角)で買って頬張るが,予想に反し中味は甘く期待はずれだった。あちこちの露店で大理の少数民族・白(ペー)族の「乳扇」というチーズの一種を揚げて売っており,おいしそうだったが揚げ油が悪そうなので一度も買わずじまいだった。

白族と言えば昆明に来て以来,漢民族より少数民族系の顔が多く,特に大理に来てからはあざやかな民族衣装を着て籠を背負った白族の女性の姿が多い。街も独特の香辛料の香りが漂ってくる。メインストリートである復興路の人混みの真ん中で,白族の年輩の女性がきちがいの乞食に銭を与えていたのが印象的だった。適当なところで朝食をとろうとハッピーレストランの向かいの店で米線を食べる。6元。

いったん宿に寄って先ほどの日本人学生を簡単に探すが,姿が見当たらないので10kmほど離れた沙坪で開かれるバザールに行くことにする。沙坪のバザールは毎週月曜日に行われる白族の市で,観光客もよく訪れるようだ。公路に出て下関から来る沙坪方面行きのミニバスを待っていると,先ほどの日本人学生がいた。彼は現地人に某ガイドブックのコピーを見せ,ここに行きたいのだが,と言っている。

公路(バス通り)。牛がうろうろしている。

結局彼とは別のミニバスに乗り,40分ほどで沙坪に着いた。バスを降りて,露店の間の民族衣装も鮮やかな人混みを歩いていくと急に斜面がひらけ,一面に露店が広がっていた。

バザールの入口付近。
綿糸を売りにきた白族の女性たち。

バザールでは葱や白菜などの野菜、肉類、衣料品、刺繍や大理石の工芸品,怪しげな漢方薬なども売られており,食べ物を出す屋台もあった。

バザールの入口付近。バザールでは葱や白菜などの野菜、肉類、衣料品、刺繍や大理石の工芸品などさまざまなものが売られている。
豚の売り子と品定めする客。撮影しようとすると,大きい中華包丁で豚を解体している髭の男性に気づかれてしまい,睨まれてしまった。

現地人に混じり,白人の姿もちらほら見受けられた。極東のこんな辺鄙なところにも観光に来る彼らのバイタリティには感心させられる。

こちらは古着を販売しているエリア。
怪しげな漢方薬売り。籠を背負った男の前にあるのが虎の足。これも半ば隠し撮り。

バザールを一通り見た後,沙坪の部落へ入ってみる。部落内の狭い道は牛や馬の糞が落ちている。牛馬はまだまだ現役の輸送手段なんだろう。建物は煉瓦造りで古く,地震が起きればひとたまりもないに違いない。なんだか寂れた感じがする。

沙坪の部落からバザールに向かう住民。
沙坪の部落を探訪。パイ生地のように土を積み上げたもろそうな塀が続く。

バザールの見学を終え,大理に戻り昼食をとる。次は名勝として知られる三塔寺へ赴く。高い入場料をとる割にこれが非常にいんちき臭い建造物で,地震の多い地域であることから「大昔に地震で塔が崩壊した跡地に,人民解放軍が客寄せに再建したのだろう」と友人と決めつけておいた。

三塔寺全景。

その後ぶらぶらと大理周辺の地域を散歩している途中に,建築途中の家を数軒見かけた。単純に煉瓦を積み上げただけの煉瓦造りで,細い鉄骨が数本ひょろひょろと入っているだけで,強い地震がくれば崩壊するのは目に見えている。中国で地震が起きるたびに多数の死者が出るのはこのあたりに起因しているのかもしれない。

宿に戻り,夕食を食べに行こうとするが適当なところがなく,スーパー風の商店に入りビールやコンビーフ,カップラーメン,スナック菓子などを買って宿で食べることにした。菓子類は甘いものが多く,いわゆるポテトチップス類は少なくてあったとしても高くて油が悪そうなものしかない。料理は辛いが菓子は甘い物好きなのだろうか。

部屋に戻り,缶ビールで乾杯をし,つまみのコンビーフを開けようとすると途中で缶の切断部がねじ切れてしまい,それ以上缶を開封することができなかった。おいしそうな匂いを恨めしく嗅ぎながら,部屋に備え付けてある茶用の熱湯でラーメンを作るが,これがまずい。具がレトルトで値段もそれなりにするのだが,いかんせん麺がまずい。別のラーメンを作るとこれが異様なもので,椎茸臭く(具に椎茸が浮いている)非常にまずかった。日本で「まずいカップラーメン」といってもここまでひどくはないだろう。

共同トイレに行った帰り,室外にある厨房の横の通路を通ると,巨大な数匹のネズミがかまどの上をかけっこしているのを目撃。中国らしいといえばいいのか,なんというか……。